君の秘密


こんなことになろうとは、誰が予想しただろうか。いやできるはずがない。無理だ。有り得ない、それはないだろうが考え付くやつなんて早々いないはずだ。


「あら?どうしたの、かえでちゃん」


持っていたグラスを置いて目の前の恋人は可愛らしく首を傾げた。知らなかった。自分の恋人が、酔うとオカマになるなんて。






俺とこいつはそこそこ酒が強い。他のやつと呑み会に行っても、潰れずに残るのは大体俺たちだ。物足りなさに強い同士二人で呑みに行った結果、金がやばかったので最近ではこうやって宅呑みをしている。毎回先に酔いが回るのがちょっと悔しくて、無理のない程度に酒を勧めた。それがこうなるとは、思わないだろ普通。


「んもう、かえでちゃん。全然飲んでないじゃない」


半分以上残ってる瓶と俺のグラスを交互に見た山口は僅かに頬を膨らませてそう言った。悪い、と俺は慌てて自分のグラスを煽る。


「んふふ、いい呑みっぷりねえ」
「そ、そうか?」
「アタシかえでちゃんのそういうとこ好きよ」
「…ありがと」


明らかに酔っているだろう蕩けた表情で山口は言った。滅多に言われることのない言葉に不覚にも顔が赤くなって、隠すようにまた酒を呑む。
山口、いや区別をつけるためにこの状態の山口はかけるちゃんと呼ぼう。正直に言う、かけるちゃんが有りか無しか。

有りだ。
ストライクだった、ツボだった。死ぬほど可愛い。

元々こいつの何が好きって、声が好きなのだ。腹の奥に響くようなこいつの声が。普段のものより少し甘ったるくて低いそれがどうしても俺の腰を刺激する。つらい。


「ねえ、かえでちゃん」
「おう、…なんだよ」
「隣に行ってもいいかしら?」


普段言わないであろう申し出に頷けば、でかい図体がいそいそと隣に座った。所作まですっかり女らしかった。なんだよこのオカマ可愛すぎかよ死ぬ。恋人だったわ。


「かえでちゃん、好きよ」
「っ、」


引き寄せられて言われたそれに不覚にも赤くなる。言葉を返そうと口を開いた瞬間、かけるちゃん越しに天井が見えた。頭が状況を処理して反応をする前に唇を奪われる。さっきまで呑んでいた酒の味が広がってようやく、舌を入れられたことに気付く。


「は、っ…かけ、る」
「かえでちゃん、アタシね。これを他人に見せたの、あなたが初めてなの」
「え、なに」
「責任、取ってくれるわよね?」



「呑ませたのはあなたなんだから」


獰猛に瞳を輝かせ、可愛らしい恋人は妖しく笑った。
もうだめだった、堕ちた。






「篠本くん」
「…何、山口」
「えっと、ごめん」


すっかり酒の抜けた山口は何度も謝りながら額を床に擦り付けた。どうやら記憶は残っているらしい。


「あんなん、引くよな」
「別に」
「え、嘘だろ」
「いやまじ」


驚いて瞬きを繰り返す山口を毛布の中に引き込んで腕を回す。


「不覚にも堕ちた」
「え」
「お前なんなの全てが好みかよ」
「し、篠本く」
「大丈夫、ちゃんと責任取るから」


あのときの言葉を出せば、真っ赤になって山口は頷いた。

君の秘密


「いやあ、知らないことってやっぱあるんだな」
「できれば知られたくなかった」
「はー…まじくそ可愛かった一度で二度美味しいとかなんだよつらい」
「俺時々篠本くんがこわい」

2016.02.14
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