アルコール 「やまぐちい」 呂律の回らない、間延びした声が俺を呼ぶ。隣を見れば、真っ赤になった顔で機嫌良く笑いながら恋人が腕を広げていて。続くであろう言葉が簡単に予想がついて、傾けていたグラスを置いて彼の方を向く。 「はぐ」 「おう」 同じように腕を広げれば、そこ目掛けて彼が飛び込んでくる。 篠本くんは酔っ払うとハグ魔になる。というかスキンシップが増える。指先にキスしてきたり、今みたいにハグして額を擦り付けてきたり。…ちょっと可愛い。 「やまぐち、なでろ」 「はいはい」 すっぽりと収まる身体を抱きつつ、言われた通りにする。ふてぶてしさの残るそれは犬というより、猫に近いと思う。本物なら今頃可愛らしくごろごろと喉を鳴らしているとこだ。 一度リミッターが外れてしまえば、彼は天井無しで。表情だっていつもより大分柔らかい。吊り上がってる目も酒のせいでとろとろ。 「かける」 砂糖菓子のような甘ったるい声音が鼓膜を擽る。下の名前は呼ばれなれてなくて、むず痒い。 「篠本くん、呑みすぎな」 「かえで」 「……楓くん」 よし、と満足そうに頷いて、し……楓くんはグラスに残っていた分を一気に煽った。…俺、今呑みすぎだって言ったばかりだよな?この酒豪め。 「かけるものめ」 「呑んでるから」 「うそつくな、へってねえ」 「いやまあ、今グラス持てないし」 む、と顔を顰める彼に苦笑を返す。放っといて酒を呑んだらそれはそれで拗ねるくせに。 「じゃあおれがのませてやる」 「は?…え、ちょ、んんっ!?」 徐に俺のグラスに入ってる分を含んだかと思えば口を塞がれる。楓くんの舌が唇を割り開いて、それと共に酒が入ってくる。苦しさに顔を歪めて、押し返すもきっちり後頭部を押さえられて逃げられない。 「ん、っ…んん!」 「ふ、…」 仕方なく入ってきた分を飲み込むけれど、彼は離れてくれない。逃げるように奥へと引っ込めていた舌を絡め取られ、擦り合わせられて。熱くてぬるりとした感触がゾクゾクと背筋を伝う。くちゅ、と水音を響かせて舌を吸われる。時々歯を立てられて、身体が震えた。 あ、やばい、腰が砕ける。 「っ、く、……ぷはっ」 ようやく解放されて、後ろに倒れ込みそうになった。必死に床に手をついて身体を支える。二人を繋ぐ糸がぷつりと切れる光景がなんだか生々しくて、熱くなる。くそ、酒のせいだ。酒の。 「はは、かわいー…おいしかった?」 愉しそうにけらけら笑いながら楓くんが頭を撫でてくる。正直、酒の味を楽しむ余裕なんてなかったし、わかるわけがない。満足したらしい彼は俺に背を預けて新たに酒を注いでいた。もう一度言おう、この酒豪め。 「…楓くん」 「んー?…っんん」 酒以外に興味なさそうな彼になんだか悔しくなって、さっきされたことをそっくりそのままやり返してやる。酒を流し込んで、舌を擦り合わせて、吸い上げて。勢い余ってそのまま床に押し倒してしまう。見るからに俺の方が優勢のはずなのに、目の前の楓くんの表情は余裕があって。 「はっ…」 「ぷは、…は、…かける、」 掠れた声で呼ばれて、至近距離まで引き寄せられる。子猫が日向で微睡むように、すう、と楓くんの瞳が細くなる。 「さみしかったの?」 「…は?」 「かまってもらえなくて、さみしかったのか」 ぶわあっと熱が集まったような気がする。酔いとはまた別の、熱が。否定しようと口を開けても、声は出なくて。情けなくパクパクと開閉している。 「かわいい、かわいい、…すげーすき」 何度も可愛いと好きを繰り返されて、啄むようなキスをされる。掌が頬を撫でて、そこが徐々に熱を持っていくような、そんな感覚に陥る。 「かける」 「…な、に、かえでくん」 「だれよりも、なによりも、おまえがすきだ」 お前に酔ってるの、いい加減に気付け。 だめだ、俺は彼に勝てない。 アルコール 「んー…さけー…さけー!」 「…おい」 そのまま寝てしまった彼が非常に恨めしい。 2015.06.14 戻る |