秘め事


「なあ」


どうして、こんなに心を乱されなければならないのか。


「おい」


無防備に、晒されるその表情に。

堪らなく。




親友。
そう呼ばれる位置にはいるのかもしれない。
大学に入ってできた友人。たまたま趣味が合って話すようになって。飯を食べて、外に呑みに行ったりするようになって。お互いに酒が強いから安く済まそうと、宅呑みに切り替わったのはいつだったか。その頃から、俺はおかしくなったんだ。



「しのもとくん」

「呂律回ってねえぞ、山口」
「なんだよ、つめたい」
「いつもの対応だろーが、ったく…」


初めてあいつがベロベロに酔っ払った。きっかけはあれだと思う。
俺より一回りでかい図体がのし掛かってくる。こいつ絡み酒だったか。いや俺も大概だけどな。重たい、と押し退ければ更にのし掛かってくる。仕方なしに溜め息吐きつつ正面から受け止める。うん、この図からしておかしいんだけどな。


「しのもとくん」
「なんだよ」
「おれ、しのもとくんとともだちでよかった」
「あーそうかそうか、俺もだよ」
「ほんと?」
「うん、お前は乙女か」


わしゃわしゃと頭を撫でてやる。そういや今日はこいつ散々だったな、と思い出す。どうやらそれがきたらしい。浮かぶ絵面はさながら飼い主にじゃれる大型犬ってとこか。


「しのもとくん、おれもなでたい」
「はあ、好きにしろよ…」
「おう、する」
「あと、呑め。俺も呑むから」
「ん」



それから二人して散々呑んでまじで潰れたんだっけ。お互い初めて二日酔いになって。なんでだろな、あのとき弱った姿を見て確かに俺は可愛いとか思っちまったんだ。同じ男に対して。わーまじでありえねえ。


「どうしてこーなっちまったんだか」


目の前で無防備に寝こけるやつの寝顔を見て溜め息を漏らす。いやまあ男同士だから、意識する方がおかしいんだけどよ。
胸の辺りがひどくざわつく。そっと手を伸ばして、起こさないように髪を撫でる。ああ、可愛い。今すぐキスしてえ。




「なあ」


バレなければ、構わないだろうか。


「おい」


つ、と男の割に少しふっくらとした唇をなぞる。

確認するように呼び掛けて、顔を近付ける。僅かに吹き掛かる寝息に、胸のざわめきがひどくなる。恋人にするかのように、ゆっくりと頬を撫でる。ん、と僅かに漏れた声にごくり、と唾を飲み込んだ。






「なあ、本気で奪っちまうぞ」



起きて、バカな俺を止めてくれ。そう願いながら反対のことも願ってる。これをしたらきっと、もう、元には戻れない。それでも、どうしようもなく、欲しい。





「好きだ」





起きないお前が悪い。
結局やつのせいにして、俺は奪ったんだ。


かさついたその唇を。

秘め事


「なあ、今日も飯食ってくか?」
「お、まじで?食べたい。篠本くんの飯旨いし」
「バカ、照れるから止めろ」


今日もドロリとした感情を隠しながら、俺はお前を誘うんだ。
2015.05.25
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