▼妻/昔 フィガロ・ガルシアと出会ったのは、友人の紹介だった。 北国の短い夏。一晩中太陽が沈まない、真っ白でぼうっとした夜のこと。 一年何かしら大事が起きている街で、ちょっとしたパーティがあった。もちろん魔法使いばかりのやつ。 チレッタ(このころは独身だった)と一緒に新しいドレスを仕立てて、宵も浅いうちから酒をしこたま飲んで、ダンス勝負を仕掛けてくる魔法使いを百人斬りして遊んでいた。 「お眼鏡に叶う男はいた?」 花を咲かせながら歌うピアノにもたれかかり、チレッタが言う。 「みんなチレッタよりお酒弱いし、ダンスも歌も下手くそじゃない」 暗に「好みの男はいなかった」と伝えてみせる。チレッタはけらけら笑い、会場をうろうろ巡るトレーから、ウイスキーグラスを二つ掴む。 「お酒強い男がいいってこと?」 「魔法も。あとは、チレッタみたいに綺麗な瞳だといいな」 グラスを傾け、ウイスキーを一口。滑らかな甘みと、澄んだ舌触り。清らかな水と、肥えた銀河麦がなければこの味は出ない。 寒さ厳しいこの土地の、弱肉強食の果てに生まれた、唯一無二が好きだった。お酒も文化も人間も、北ならではの形に研磨されている。血生臭さから敬遠もされるが、去る者を追う土地でもない。魔法使いとて氷柱は危険で、火起こしは億劫だけれども、雪に囲まれしんと静まり返る故郷を、私は心底愛しく思っている。 チレッタが愉快げに目元を綻ばす。 「じゃあフィガロはどう?」 ”フィガロ”は、いつの間にか音もなく私の背後に立っていた。 「ご指名に預かりまして」 女の姿をしていた。チレッタによく似た、グラマラスな体型。麗しい髪をゆるく結い上げ、ルビー色のルージュを塗り、耳や指にいくつもの金細工を着けている。 「なかなかいい仕上がりだと思わない?」 ねえ。同意を求められるように顔を覗き込まれる。 「……瞳が濁ってる」 「え?」 いかにも北然としたギラついた瞳をしているのに、それを何枚もの分厚い天幕で隠そうとしているみたいな、どうにも掴みどころのない雰囲気を感じて、つい一歩後ずさった。 「北の人、だよね」 「まあね」 「北が嫌い?」 「……へ」 依然として女の姿のまま、”フィガロ”は私のグラスを奪い取った。 「あっ」 「北の銀河麦は、魔法で無理やり育てたものだ。ウイスキーの匂いを嗅げば分かる」 「いきなり何」 おちょくられているのか。ムッとしてグラスを奪い返す。 「問題ある? 自生に任せたひょろひょろの銀河麦じゃ、消毒液みたいなお酒になるよ。それとも東の名産みたいに、コーンと混ぜ合わせた雑穀酒がお好み?」 「いや、これはこれで美味い酒だと思うよ。俺も好き」 訝しむ私と、微笑むフィガロ。アンバランスな対峙を、チレッタはもう見ておらず、ビネガーフィッシュのオイルサーディンをパクついている。私の分も残しておいてほしい。 「ただ北以外にも、美味い酒はあるってこと。きみが望めばね。ワインは好き?」 こんな、ケンカを売るようなお誘いがあるだろうか。 どうしようもない鬱屈が燻っている。そんな男だと思った。 ――なのにどうしても、だからかどうしても、放っておけなかったのかもしれない。 プロポーズの言葉があったわけでも、派手に挙式をしたわけでもなかった。 ただ住まいを共にするようになり、長い時間を共有するようになって、自然とそういうところに落ち着いていただけ。 体を重ね、愛の言葉も囁き合った。心も体も、甘く結ばれていたのは事実だ。ただ事実だけがあった。 ×
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