まほやく | ナノ







 妻のクローゼットの中に、昔のドレスを見つけた。
 デザインこそややレトロだが、仕立てがいいため古臭い印象はない。
 取り出して眺めると、当時の記憶が鮮やかに蘇る。
 試着室の前のそわそわした気持ち。関係に明らかな名前をつけずとも、ずっと隣にいられるような気がしていたこと。そうでもないと焦ったり。
 語るまでもなく、プロムのようなイベントに微塵も興味はなかったが、かこつける決意をした。
 彼女の喜ぶ顔を見るのは、やぶさかではないと思った。好きそうなドレスを贈って、可愛らしく着飾る姿が見たかった。日ごと膨れ上がる感情を受け止めてほしかったし共有したかった。我慢するのは柄ではないから、プロポーズめいたことを口にした。

 あの日彼女が選んでくれた生花のブーケトニアを、プリザーブドフラワーにしてこっそり保存している。本人に見せたことはないけれど、ひょっとするとそういうのを後生大事に保存してしまう性格だと勘付かれているかもしれない。面白くないが、そんなところを愛したのだ。
 





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