まほやく | ナノ







 出迎えてくれた友人の「ごめんね」といった苦笑を見て、「帰りたいな」と思った。
 嫌な予感は的中。同級生宅で気軽なホームパーティーだと聞かされていたのに、そのテーマは『恋人探し』だという。

「いいじゃんー? 晶って今フリーでしょ?」
「…………だからってさぁ」

 私の言い淀みをどう解釈したのか、友人は「運命の出会いがあるかもよ!」と明るく笑い、一戸建ての会場を案内してくれた。
 メイン会場は一階のリビングルームで、キッチンとダイニングには持ちよりのドリンクやフードが溢れている。裏庭に面したウッドデッキも解放されているらしく、夜風に乗って華やかな談笑が流れてきていた。

「シャンパンでいい?」
「ごめん、私アルコールは」
「あ、そうだっけ」

 私はルートビアを掲げ、集まってきた友人数人と乾杯をした。あっという間に人だかりが出来てしまったので、チーズとオリーブを口に放り込み、そろそろとキッチンを脱出する。
 角が立たない程度に談笑して、早々にお暇しよう。会場を見渡し、座れそうな空きスペースを見つけたところで、

「やあ」

 心臓がぎくりと高鳴った。広々としたソファのセンターに陣取り、長い足を優雅に組んで、誰より美しく微笑む人物がいる。

「オーエン……」

 私の恋人だった。
 片手に瓶のチェリーコークを掲げたまま、ひらひらと手招きをしてくる。知らんぷりをするわけにもいかず、私は絞首台を登る囚人のような気分で近づいていった。

「座れば?」
「……失礼します」

 ひとり分の隙間を開けて、ソファの端に腰を下ろす。

「そんな離れなくてもいいだろ。いつもみたいにしなだれかかってもいいよ」
「いや……怪しまれますし……」
「誰も怪しまないよ。そういう絡み合いが目的だろ、ここは」

 極端な物言いだが、あながち間違いでもない。私が何も言えず視線を明後日の方にやっていると、オーエンが腰を浮かせた。
 そしてわざわざ人ひとり分の距離を詰めて、私のすぐ隣に座り直す。片腕を伸ばし、背もたれの上に預ける。傍から見れば完全に、口説く男と口説かれる女の姿勢だ。

「……なんでここにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだけど。おまえ昨夜、女友達のホームパーティーに呼ばれたってヘラヘラしてたよね」
「どうも連絡に行き違いがあったみたいで……」
「騙されたんだ」
「…………」
「可哀想に。おまえの友達は、おまえを餌にして男を釣ったのかな」
「いや、私は餌になれるタイプでは……」
「…………」
「だからこう、気を利かせてくれたみたいなんです。ご縁があるようにというか。私に彼氏がいるって教えていないので……」

 この説明で、オーエンが納得してくれているのは分かる。
 そもそも浮気を疑われるような関係ではない。昨夜だって、オーエンは私の家に泊まっていた。今日のパーティーに持参するために作ったお菓子の、味見だって付き合ってもらったのだ。

「で、オーエンはどうしてここにいるんですか?」
「二度も聞かなくていいよ」
「さっきは聞いても答えてくれなかったからです」

 私は趣旨を知らされずに参加した。無罪を主張するつもりはないけれど、情状酌量の余地はあるはずだ。ではオーエンは?

「僕はこういう、男と女が乳繰り合うための集まりだって知って参加したけど」
「……っ、それって」
「おまえがそういう会に呼ばれたって聞いたからね」
「……?」

 こういう集まりに顔を出さないオーエン。謎めいていた、恋人の有無も知られていないオーエン。
 そんなミステリアスで女性人気抜群なオーエンを、どうにかして連れ出したい男性陣が「◯◯さんも来るぞ」「◯◯ちゃんも呼んだ」「◯◯さんを連れてくるって」と畳み掛けた中に、私の名前があったというのだ。

「おまえはお菓子持ち寄りパーティーだって信じてるみたいだけどね。色欲に目がくらんだ男女の前で、お手製のバナナプディングもチェリーパイも無力だよ」
「そうかも……気合入れて手作りしたのがばかみたいでしたね。あはは」
「……だから、作るなら僕の分だけにしておけって言ったのに」

 オーエンの言葉に被さって、ひときわ大きな歓声が上がる。テーブルゲームが盛り上がっているらしい。

「すみません、今なんて言いましたか?」
「…………」
「オーエ……わっ」

 オーエンは不服そうな表情で私を見下ろすと、ぐっと肩を抱き寄せてきた。

「お菓子を持ってきて」

 耳元で囁かれる命令がくすぐったい。

「……私の作ったやつを?」
「それ以外ありえる?」
「ありえないといいなぁと思いますけど」

 オーエンは何も言わなかったけれど、何よりの返事は受け取っていた。




 キッチンでプディングを盛り付けていると、背後から「真木さん?」と声をかけられた。

「来てたんだ!」

 顔見知りの男性だ。顔一面が赤く染まっており、片手には瓶ビールが掲げられている。

「飲んでる? はい、真木さんもビール」
「大丈夫です、向こうの席に置いてあります」
「えーーここでも飲もうよーー」
「すみません。お菓子タイムなので」
「お菓子? あー、それ真木さんが作ったんだって?」

 男性はプディングの皿を見下ろしながら、へらりと人の良さそうな笑みを浮かべる。

「いいよねえ、こういう家庭的なお菓子。パーティー映えするようなカラフルで派手なのって、映えても食べるのには……ねえ?」

 良かれと思って言われていることは分かる。アルコールの入った場でもあるし、食って掛かるつもりはない。

「今どきは可愛くて美味しいんですよ」
「えー、そうなのー? 真木さんはそういうの作らないでしょー?」
「いいえ、作ることもありますよ。彼氏が甘いもの全般好きなので」

 ぽかんとしている男性に挨拶をして、そそくさとキッチンを出た。
 先ほどの席に戻ると、何故かオーエンはソファの上に足を投げ出していた。私が戻ると、足を下ろしてスペースを空けてくれたけれど。

「どんなに無視しても隣に座ってくる女がいる」
「あー……ですよね……すみません、一人にして……」

 今もチラチラとこちらをうかがっている女性は複数いる。オーエンはこういう場にほとんど顔を出さないので、自分の人気ぶり正しく認識できていないのだ。彼は私を心配してパーティーに参加したらしいが、こちらの気にもなってほしい。

「食べたら帰るよ」
「そうですね」
「……一応キスでもしておく?」
「は? え、ちょっ」

 顔が近づき、ソファに押し倒されそうな姿勢になった。周囲の視線を感じ、火がついたように顔が熱くなる。慌ててプディングの皿を掲げて身じろぐと、オーエンはあっさりと身を起こした。

「いきなりどうしたんですか……!?」
「そうしたら、おまえにつまらない声をかけてくる男もいなくなるだろ。僕がビール瓶で殺傷事件を起こす前に、見せつけておいた方がいいかと思って」

 どうやら先ほどの一部始終を見られていたらしい。会話が聞こえないほどの遠目でも、おおよそのやり取りは把握できたのだろう。

「……人前でキスは、あんまり」
「じゃあ帰ったらする」

 またもあっさり承諾された。

「……なんか今日、優しくないですか?」

 彼の機嫌が良くなるようなことは、何ひとつ起きていないはずなのに。
 訝しげに小首を傾げる私を見やり、オーエンはなぜかため息をつく。

「おまえが僕にくびったけなのが分かったから」
「い、今まで分かってなかったんですか……?」
「さあ? 今夜確かめれば分かるかも」
「……別に口実がなくても、イチャイチャしたいって言っていいんですよ……?」
「今すぐここで舌入れてやろうか」


ワンライお題「赤い糸」




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