まほやく | ナノ








 大混乱をしながらも、どうにか当日までに済ませたこと。

@ブートニアの用意。男性がタキシードの胸元につけるコサージュのこと。女子が男子に渡すのがルール。オーエンに似合いそうな花を選んだつもり。
Aネイルと髪型の検討。クロエにアドバイスを求めたら「俺に任せて!!!」とめちゃくちゃに気合を入れてくれた。
Bダンスの練習。ヒールを履いてステップを踏むのがとにかくキツかったけれど、めげるわけにはいかなかった。



 予定より十分早く、オーエンの車が見えた。玄関の前に立っていた私を見て、「早すぎる」と笑いながら車を降りてくる。
 タキシードをまとったオーエンは、それはもう格好良かった。完璧なコーディネート。フォーマルな服装を見るのは初めてではなかったけれど、直視しているだけで顔が赤くなりそう。

「手」

 犬のお手のようなテンションで応えたけれど、オーエンの仕草があまりにも恭しくて心臓が痛いほど高鳴っていく。

(こんなんで最後まで持つのかな……)

 プロムの一日は長い。昼間からドレスだのヘアメイクだの準備をして、夕方からまず食事に出る。プロム本番は夜。ダンスパーティを楽しんで、二次会三次会と夜通し騒ぐこともある。

「タキシード似合いますね」
「ん」

 空返事だがスムーズな手付きで、リストコサージュを着けてくれる。女子から男子に贈るならわしの、手首用のコサージュ。私の好きな花たち。ドレスにぴったりの色。

「あ、えっと、私もいいですか」

 私もブートニアを取り出して、オーエンの胸元に手を伸ばす。あ、届かない。

「もっと寄ったら」
「……失礼します」

 距離が詰まったら、ふっとオーエンの香水が鼻腔をくすぐった。深みのある甘い匂いに誘われるようにして、ふとオーエンを見上げてしまう。
 至近距離。ばちっと音がするほどに、視線がぶつかる。

「……オーエン」
「何」
「……背が伸びましたね」
「はあ?」
「出会ったころより。顔立ちも振る舞いも、大人っぽくなったなって思って」
「何目線なんだよ」
「あはは。もうすぐ卒業なんだなって」

 ふと寂寞がかすめて視線を落とした。
 オーエンの胸元にブートニアをつけながら、「こうしてしょっちゅう会えるのも、もうおしまいなんですね」と呟いてしまう。
 すると頭上で、オーエンが鼻で笑う声がした。

「おまえはずっとバカなままだったね」

 いつも通りの皮肉めいた口調。そのくせ、胸元の花を愛しげに撫でて見せる。

「卒業するまでずっとバカだった。僕がどんなに酷いことをしても、ずっとヘラヘラ側にいて意味が分からなかった」

 オーエンの指先が花を離れ、私の手を取った。
 そのまま手の甲にキスをされる。

「意味分かる?」
「……分からないです」
「うそつくなよ」
「分からないから、聞きたいです」

 オーエンはため息をつく。不服そうで、だけど全然、嫌そうではないと、思う。

「仕方ないから、今夜だけちゃんと言ってあげる」




 大緊張の中でも、どうにか当日こなせたこと。

@プロム前、三ツ星レストランの食事。オーエンのテーブルマナーが完璧で驚愕。
Aパーティ本番。ダンスの練習をしておいてよかった! 練習のことは伝えてなかったのに、オーエンが「頑張ったんじゃない」と褒めてくれた。
Bアフタープロム。友達の家にお泊り。オーエンとのことを洗いざらい白状する。要するに惚気タイム。オーエンには絶対言えない……








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