▽ side 晶 「だからだからだから言ったのに! 言ったじゃないですか!」 「うるさい……おまえが紛らわしいのが悪い」 オーエンはそっぽを向いたまま、店内で隣を歩いている。 始めはどこかカフェにでも入って待っていてくれと頼んだけれど、「あんまり離れると賢者様が不穏分子にやられても気づけないよ」と。 ならばせめてと店の前で待ってもらったのだが、ほんの数分で店にずかずか乗り込んできて「こんな店の前で一人待たされる男の気持ちが分からないの?」と。 (じゃあオーエンは、片思いしている男性に下着屋に同伴される女性の気持ちが分かるんですか……!?) 掴みかかりたい気分ですらあったけれど、口が裂けてもそんなことを言えるはずがないので仕方なく一緒に店内を歩いた。 本当は離れて歩いてほしいのだけど、女性用の下着店で単独行動を強いるのはさすがに申し訳なく、現状は苦肉の策だった。 しかしそんなことを露も知らない女性店員は、 「当店の試着室は二重カーテンですので、お連れ様にもご確認いただけますよ」 などととんでもないことを言ってくる。 「だってさ。選んでやろうか?」 「そうですね……オーエンはどういう下着が好みですか……?」 「……おい。自暴自棄になるなよ、面倒くさい」 オーエンは陳列された色とりどりの下着を、何の感慨もなさそうに眺めている。 (まあ……そうだよね。1000年以上生きてるんだし、この程度のアウェイ感なんてオーエンは気にしないか……動揺してるのは私だけだ……) 安心するような、しないような。いたたまれない気持ちを抱かされる。 「他の買い物みたいに、メイドに頼めばよかったのに」 「さすがに下着は……あとその、うーん……」 「何だよ。また誤魔化すつもり?」 「や、そんなつもりは! ただその……最近サイズが変わったので……計り直して、買いたくて…………」 胸がキツいのだ。正しいサイズが把握できないため、カナリアに買い物を頼むわけにもいかない。 だがそれをオーエンに説明する羽目になるなんて思わなかった。 言葉が尻すぼみになっていて、最後の方はほとんど消えそうなボリュームで、それでもオーエンの耳にはきっちりと届いていたようで。 「ああなんか、そうだね」 「……え? わかるんですか……?」 「あ?」 「み、見るだけで……? え、というか、見…………?」 「…………………………早く買えよ」 「う、うあ……はい……」 ▽side オーエン (あの馬鹿、箒に乗ってる間自分がどういう姿勢だったのかわかってないわけ……?) 天鵞絨のカーテンの向こうでは、女性店員が晶の体を測り、流れで試着を手伝っている。 オーエンに気を遣っているのかそういう規則なのか、具体的な数字は口にせず「トップはこのくらいですね」「ですのでサイズは、こちらくらいの……」などと言う声だけが漏れ聞こえてくるだけだ。 (聞き耳立ててると思ってるのか……焼き払ってやろうかな、この店) やはり着いてくるんじゃなかった。晶はオーエンが常日頃女の乳房にばかり目をやっていると曲解している可能性がある。 着いてきて正解だった。他の魔法使いが同じようにこの店に同行していたら。晶のこんな姿を、他の男にひけらかすことになっていたら。考えただけで青筋が立つ。 「ああー……どうしようかな。どれも可愛いですね」 「お客様の雰囲気ですとこちらもおすすめでございます」 「え! こ、これですか……?」 「ええ。今とても人気のあるデザインでして、王室御用達の職人から仕入れたレースを贅沢に使用しております。ご覧ください、細部までこだわりが光る仕上がりですよ」 「すっ、透けてる……!?」 「ほどよい肌見せが、艶やかな魅力を引き出すのです」 「うう……私にはセクシー過ぎませんかね……? いつもこういう系なんですけど……」 「もちろんこの可憐なデザインもお似合いにございます。あどけない色気と申しましょうか。系統を使い分けるのもおすすめしておりますよ、淑女にも大胆になりたい日もございますでしょうし……」 怒りを通り越して、オーエンは頭が冴え冴えとしてくるのを感じていた。 「それではお客様、ごゆっくりお選びください」 ほどなくして、カーテンの隙間から女性店員だけが出てくる。彼女はオーエンに向かって恭しくお辞儀をして、「御用がありましたらそちらのベルを」と呼び鈴の案内だけを済ませると、しずしずと売り場に戻って行った。 現在試着室を使っているのは晶だけ。辺りは静かで、時折ごそごそとした衣擦れが聞こえるだけになる。 「…………」 オーエンは座っていた猫脚のソファから腰を上げ、カーテンに向かって呼びかけた。 「ねえ晶、決まった?」 「ひぇっ! すみません、すぐ決めます!」 「迷ってるなら着て見せてよ。僕が選んであげるから」 「………………っ!?」 一歩。カーテンに向かって踏み出す。 分厚い天鵞絨の布越しでも、晶はオーエンの声が近づいたことを察したらしい。 「大丈夫です、大丈夫ですから」 「嘘。悩んでるんだろ?」 オーエンはカーテンに指先をかけ、ゆっくり開こうとした。 「……待って」 しかしその手は内側から制される。彼女の手のひらが、微かに震えながらオーエンのそれを握っていた。 「さすがにそれは……恥ずかしいので……」 「店員には見せたのに?」 「店員さんは女性でしたし……」 「じゃあ僕も魔女になってやろうか?」 「いやもう、オーエンの時点で恥ずかしいので……」 こんなカーテン。こんな小さな手のひら。オーエンにとってまったく脅威ではない。力を入れるまでもなく、この場で今すぐ暴いてしまえる。 だが何故か、それができない。 「チッ」 ガランガラン。オーエンは側に置かれていた呼び出しベルを鳴らした。すぐに先程の女性店員が「お呼びですか」と姿を現す。 「こいつが試着したやつ、全部ちょうだい」 「オーエン!? 何言ってるんですか……!?」 「かしこまりました。お会計は旦那様でよろしいですか」 「うん。あと適当に、こいつに似合いそうなのと似合わなそうなのも見繕って包んで」 「かしこまりました。ご用意して参ります」 店員が立ち去った気配を感じたのか、晶がカーテンをほんの僅かに開き、顔のごく一部だけを覗かせる。 「オーエン……! 本当に何してるんですか……!?」 「うるさいな。止めたいんだったら今すぐこのカーテンを開けろよ」 「…………っ!? !?」 シャッと音がして、カーテンがぴっちりと閉じられてしまう。 晶がオーエンに許さない距離は、この一枚の天鵞絨だ。分厚い布。しかし半分に裁断されており、そもそもが開閉できる構造になっている。 「晶」 「着替えます……」 「あ、そ」 ぼす。オーエンはカーテンに触れ、開けずとも緩やかに揺らした。滑らかな布の触り心地を確かめるように、ゆっくりと。 そうしてしばらく経ってから、ワンピースに着替えた晶が試着室から出てきた。頬は紅潮したまま、オーエンとは目を合わせようとしない。 「はい」 オーエンは会計を終えた買い物袋を渡す。彼女は受け取り、礼を言い、それからそっと口を開いた。 「……やっぱり、見せるのは無理です」 「そう」 「でもこれを下に着てるときは、オーエンにちゃんと教えますね」 「何それ、拷問?」 ×
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