○ 初めて立ち入るバスルームは広々としていて、くもりガラスから燦々とした差し込む陽光と、ムーディな暖色のライトのコントラストが不思議だった。 (昼間から、好きな男の子の家で、シャワーを浴びている……なんてちぐはぐな事態……) 髪も肌もベタついていたし、正直大変ありがたい。だが複雑だ。 シャンプーもボディーソープもオーエンの匂いがする。当たり前なのに、どうしようもなく落ち着かない。 オーエン本人は側にいないのに、その影を色濃く感じてしまう今の方が、やけに背徳的でそわそわしてしまうのはどういう仕組みなんだろうか。 それでもドライヤーを借りて、オーエンに借りた黒いシャツに着替えた。スカートまでは濡れていなくて本当によかったと思う。 (……ぶかぶか) オーエンは上背はあっても細身で、服も緩いシルエットのものは少ない。 それでも晶が身に着けると、だぼっとしたビッグシルエットになってしまう。 (オーエンの匂いがする……ああだめだ、変態っぽい……) すうっと一度だけ吸い込んで、「もうおしまい」にした。心を切り替えてドアを開く。 「お風呂ありがとうございましたー」 返事がない。 通りかかったキッチンには、先ほどまでの食器がすべて下げられている。 リビングの方から、スポーツ中継のような雑音が聞こえた。珍しくテレビを点けているらしい。 「……オーエン?」 リビングのソファ。ファブリックで、ベッドになりそうなほど大きい。 オーエンは長い足を投げ出して、そこに横たわっていた。 (寝てる……?) 晶は足音を立てないよう、そろりそろりと近づいていく。ソファの傍らにしゃがみ込み、きっとオーエンの顔を覗き込んだ。 本当に眠っている。瞼は閉じられ、微かな寝息が零れて、横向きでやや体を丸めている。 そう言えば、眠っているところを見るのは初めてかもしれない。 (テレビは消そう) リモコンのスイッチを取り、テレビを消した。高校野球の特集番組だった。 (野球、好きだったのかな?) 壁時計を見上げるともうすぐ午後四時になるところだった。窓の外は相変わらず眩しく、まだ夕方の気配は感じられない。 (静かだな……) クーラーや冷蔵庫の健気な唸りは、彼の眠りを妨げるほどでもない。清らかな泉の底にいるみたいな気分だった。この空間だけが切り取られ、この時間だけで停止してしまったような。 (……洗い物だけして、帰ろうかな) 着替えはこのまま借りていこう。夏休みなのだから、そう間を空けずに返せるはずだ。むしろそれを口実に、また遊びに誘おう。 そう決意した晶は、ソファから目を離し立ち上がろうとして、 「待って」 眠っていたはずのオーエンに、腕を引かれた。 「オーエ」 「ここに」 「ン」 「ここにいて」 バランスを崩し、そのままソファに倒れ込む。正しくはソファで横になっていた、オーエンの腕の中に。 (ね、寝ぼけてる……!?) 背中に腕が回され、抱きしめられていた。軽く身じろいでも、解放される気配はない。 晶は動揺していた。鼓動が速まり、頬が熱くなる。シャンプーや着替えのシャツなんか比ではないくらい、オーエンの匂いでいっぱいなのだ。 「…………」 オーエンは何も言わない。晶を胸に抱きしめたまま、じいっと動かないでいる。 「……オーエン?」 ほどなくして、規則的な寝息が聞こえてきた。 晶を抱きしめた姿勢のまま、再び眠ってしまったらしい。 (ええー……どうしよう……) 狸寝入りではなさそうだが、晶の体はがっちりと固定されていて、腕を解くのには苦労しそうだった。 それでも無理やり脱出することはできるだろう、できるだろうけれど。 (もう少し……もう少しだけなら、いいよね?) 動揺と同じくらい、幸せだった。オーエンだ。匂いも体温も、オーエンそのもの。 (このまま時間が止まったらいいのに) ×
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