まほやく | ナノ







▼準備

「プロムのドレスを選びに行くよ」

 初夏。日曜の朝。オーエンが私のベッドサイドに座り込み唐突に言う。寝ぼけ眼で窓の外を見やると、玄関にはオーエンの自家用車が乗り付けられていた。

「え、買い物の約束してましたっけ……」
「それ必要? 僕が行きたいから行くんだよ」

 当然のように言い放ち、オーエンは「じゃあ下で待ってる」と階段を降りていく。身勝手な突撃は珍しいことではないが、支度の間は絶対に部屋の外に出る。

「プロム…………」

 壁のカレンダーを見つめ、月末のダンスパーティのことを考える。
 オーエンはああいう騒がしい集まりに興味はないと思っていたけれど、さすがに卒業生となると気になるのだろうか。パーティスイーツが目当てだったりするのかな。
 プロムの基本は男女参加だ。恋人だったり意中の異性だったり、とにかくパートナーを伴って参加するケースが多い。
 というか、そもそも男女カップルでないと、参加自体できない学校が多い。我が校の場合はチケット代さえ支払えば友達同士の参加もOKだけど。

(そろそろドレスを用意しなくちゃいけなかったし、丁度いいのかも)

 ベッドから起き上がり、手ぐしで髪を整え、クローゼットを開ける。服を買いに行くための服選び。オーエンと並んでも釣り合うような服を探す。

(……オーエン、誰とプロムに行くんだろう?)



 男子生徒の正装はタキシード。レンタルサービスもあるが、オーエンは高級専門店のオーダーメイドに違いない。

「わざわざ私を同伴させる意味ってあります?」

 オーエンはハンドルを握り、助手席の私を見もせずに言う。

「さすがにおまえの意見を無視はできないでしょ」
「……女性意見が欲しいってことですか?」
「はあ?」
「は、はあ」

 到着したのが、女性用の高級店。海外セレブ御用達の超有名ブランド。

「ここに入るんですか」
「気に入るのがなければ別の店行ってもいいけど」
「私が気に入る…?」
「さすがプロムのドレスくらい、自分で気に入ったやつがいいんじゃないの?」
「ちょっ、ちょっと待ってください」

 ラグジュアリーな装飾の扉を潜ろうとするオーエンの腕を掴む。「何」と眉間に皺を寄せているが、それはこちらのセリフである。

「私のドレスを買うんですか?」
「他に誰のドレスを買うんだよ」

 要するに、オーエンは私用のプロムドレスを選んでくれるというのだ。しかも「卒業祝いだから」と身銭を切るつもりだと。

「さすがにもらえませんよ!」
「うるさい。タダとは言ってない」
「怖い怖い怖い、なんですかなんですか」

 そうしてあれよと言う間に、気になるデザインを何着もそろえて、試着室に詰め込まれていた。

(値札を見るのが怖い……でも、可愛いなぁこれ)

 正直なところ、店内のドレスはどれも私好みだった。とても学生が手を出せる価格帯のブランドではないため、自分では近寄ったこともなかったけれど、ひょっとするとわざわざ選び抜いてくれたのかもしれない。
 いや、それはうぬぼれか。あるいは期待。

「あ」

 ふと試着の手が止まる。

「着られた?」

 ドアの向こうから、ノック音と共に声がする。

「オーエン、背中のファスナーをやってもらえますか、これ」
「待て」
「わっ」

 勢いよくドアが押し戻される。

「店員を呼ぶから」
「え、でもちょっとなので」
「黙れ」

 有無を言わせぬ勢いを感じ、そのまま静かに待機した。ほどなくして黒服の女性店員がやって来て、ファスナーもホックも丁寧に留めてくれた。
 一方のオーエンは、私のドレス姿をじっくりチェックするくせに、良いとも悪いとも言わず「じゃあ次」「次」「次」と試着を繰り返させるばかりである。私が「これは色が好きですね」とか「シルエットが綺麗ですね」とか言ったところで、うんともすんとも返さない。
 そのくせピックアップした分すべて試着し終えたところで、「じゃあこれ」と私が一番気になっていたドレスを、迷うことなく指差したのだ。

「どうしてこのドレスなんですか?」
「出資者の決定に文句があるんだ?」
「ないです。全然ないです。嬉しいです。ありがとうオーエン。プロムが楽しみです」

 オーエンは目を細め、広角を上げる。

「当日4時に迎えに行くら、それまでに用意しておいて」

 ここでようやく「オーエンは私とプロムに行くつもりなのだ」と気づく。恋人同士でもないのに。





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