まほやく | ナノ







▽十六歳・期末試験

 七月。天気予報は梅雨明けを報じ、各授業では期末試験の範囲が告げられるころ。

「英語は今世紀最大の難易度にするってーー! ひどいひどいー!」

 机に突っ伏す友人を前に、晶は苦笑いをする。
 英語に限らず、中間試験の学年平均が悪かった教科は、事前にとにかく勉強をしろと教師陣からお触れが出されていた。

「晶は英語得意だからいいよね……上達の秘訣って、やっぱ英語圏の恋人を作ること……?」
「え、何それ」
「外国語はその国の恋人がいれば上達するって言うじゃん……愛に言葉は不可欠だからだよ……」

 どこかのドラマで聞きかじったような知識を悔しげに噛み締め、友人は英語の教科書を睨みつける。

(別に恋人はいないけど……あながち間違いでもない気がする)

 詮索の標的になってしまうため、やはり言えなかったけれど。
 晶が英語学習に意欲的なのは、幼少期の思い出がきっかけであることは間違いない。

(ハンカチの男の子が、英語を喋ってたのは覚えてたからなあ……)

 少しでも近づきたかった。
 繋がっているような気がして、英語の勉強は苦じゃなかった。
 再会の可能性を広げたかった。そういうモチベーションのことを考えると、『恋人を作ったら』を鼻で笑うことはできない。

「コツはね、単語を覚える、読んで聞いてをバランスよく学習する、それを繰り返し繰り返し……」
「ああー……愛も結局は地道根性論かあー……」



「オーエン。コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」
「コーヒー」
「あれ、珍しいですね。お砂糖三つでいいですか?」
「四つにして」

 オーエンの家で一緒に試験勉強をすることになったのは、学校の自習室の席取り合戦が熾烈であることと、真木家のすぐ側で道路工事が始まったことと、晶が苦手な数学をオーエンが得意であること、そしてオーエンが苦手な古典を晶が得意であることなど、様々な要因が重なったためである。
 口実はふんだんに揃える必要があった。
 そうでなければ、オーエンは「試験勉強なんて一人でやった方がよっぽど効率良いだろ」とばっさりだろうから。

「試験が終われば夏休みですね」
「試験が『無事に』終わればね」
「うう、追試……追試だけは嫌だ……」

 人目を気にせずこういう息抜きができるのは、晶にとってはかなり『勉強の効率アップ』なのだが、一応伝えないでおく日々。

「うちの学校の追試は怖いですよ……夏休みにみっちり補講が入るし、追試の難易度も高くて追追試に引っかかる生徒もいるとか……」
「うわ、最悪」
「頑張りましょうね、オーエン……夏休み、遊びましょうね……」

 拒絶されないので、これは「いいよ」みたいなものだ。水着の一件もあるので、少なくとも海に行く予定は立っているけれど、それ以外でも遊べるかもしれない。

(……あ、私オーエンと遊びたいんだな)

 このところ、自分の感情に迷っている節がある。
 というのも、夏休みが近づくにつれ告白ラッシュが始まったからだ。
 オーエンは相変わらずの『氷の王子様』ぶりであり、学校中の美女たちは夏がくる前に一通り散っている。が、季節の盛り上がりと共に、再挑戦する猛者も出現中。

 晶も考えざるを得なかった。
 もしも、オーエンが連絡先を交換するようになったら?
 バーベキューとかキャンプファイヤーとかサマーランドとか、そういう誘われごとの中に、彼の気を惹くものや人があって、一度でも「いいよ」と頷いたら?
 自分はそのとき、どんな気持ちになるんだろう?







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