まほやく | ナノ







 オーエンの家に遊びの行くのを延期して、放課後はデパートの水着売り場に行った。
 催事フロアが丸ごと水着エリアになっていて、試着エリアもある。圧倒的にレディース商品が多いけれど、シーズン真っ只中ということもあり、メンズもそれなりに取り扱いがあった。

「意外と男女連れで見てる人もいますね」
「カップルだろ」

 晶がこそっと耳打ちをしたのに、オーエンにはばっさり言い切られてしまった。

(オーエン……真剣に水着を選ぶつもりなんだ……私が照れくさくなってて申し訳なかったな)

 心を新たに、陳列されたメンズの水着に目を落とす。

(あんまり肌を出したくないらしいし、なるべく布面積が広いやつで……おしゃれで上品で、あんまり派手過ぎなくて……)

 いっそ競泳水着やドライスーツが最適なような気もしてきた。悩む。

「これにする」
「えっ、もう決まったんですか?」

 オーエンは早々に二、三着の候補を絞ったようで、試着室を顎でしゃくった。

「試着するけど、一緒に行く?」
「……いいんですかね?」
「さあ。おまえの好きにすれば」

 試着ブースは男女別になっているが、性別を超えて立ち入っている客は少ない。見張りスタッフも待機しているし、付き添いは不可ではないようだけれど、

「…………ここで待ってます」
「そう」

 人目が気になるというより、オーエンの目が気になった。

(好きにしろって言われると、なんかこう、こう……)

 折角一緒に買い物に来たのにと、肩を落とす気持ちがある。
 だからせめて、客観的かつ主観的な意見を伝えておこうと思った。

「私は、一番左のデザインがオーエンに似合うと思います」
「へえ。参考にするよ」
「なんで売り場に戻すんですか……!?」



「で、おまえは?」
「えっ、私はもう持ってるので……」

 自分の会計を済ませたオーエンが(結局どの水着を選んだのかは教えてくれないまま)、晶の前で腕を組む。

「2、3着あっても困らないだろ。授業以外でも着るだろうし」
「うーん、そうかもしれないですけど……」
「選ぶだけ選べよ。僕だけ晒し者にされるなんて不公平」

 そう言ってオーエンは、晶の背を押しながら、レディース売り場にずんずん踏み入っていく。

(嬉しいような、恥ずかしいような……)

 オーエンが晶の私物ショッピングに付き合ってくれることが、今後そうそうあるとは思えない。
 だがやはり、物が水着。
 ただの服を選ぶより、どこかそわそわしてしまうのは仕方がないわけで。

「やっぱりトレンドはこのへんなんですよね
「……日に焼けそう」
「みんな気合入れて日焼け止めを塗りますから……あとはこのへんかな?」
「……寒そう」
「夏に着るものですから大丈夫ですよ。そうだ、去年はこんな感じのデザインを買いました」
「変なの。もう着ない方がいいんじゃない?」
「えー、気に入ってるのに。じゃあこういう系かな
「高校生が着るデザインじゃなくない?」

 オーエンがうるさい。どれを選んでもぶつぶつ文句を言う。
 元々口が悪く、良いものもすべて一旦悪し様に言う性格ではあるが、今日に限ってはいくらか様子が違う。
 水着選びに辛口なのだ。おしゃれでこだわりが強いからかとも思ったけれど、徐々に傾向が見えてきた気がする。

「……オーエン、あんまり露出がない方が好きですか?」

 恐る恐る口にすると、オーエンは不機嫌そうに吐き捨てる。

「僕の好き嫌いの話なんかしてないよ」
「いやでも、おへそが出てるやつはほぼNGだし……」
「内臓が冷えそうって言っただけだろ」
「背中が開いてるのも」
「真夏の太陽で焼け爛れそう」
「胸元が開いてるのも」
「貧相な体じゃみっともない」
「い、言うほど貧相じゃないですから! オーエンは見たことないでしょうけど!」

 ムッとして噛みついてしまったら、オーエンはオーエンで何か逆鱗に触れたらしく、

「じゃあこれにする」

 と、胸元が大胆に開いたデザインの水着を掴み取った。

「え! さ、さすがに学校でこれは……」
「授業では着るな」
「どうしろと」
「海でも山でも着ればいいだろ」
「山……? うーん、じゃあ取り敢えず試着を」
「買って帰る。このまま僕の家に来て試着すれば?」
「はあ!?」
「貧相じゃないんだろ? 証拠を見せてみれば?」
「…………っ、そうじゃなくて!」

 こうじゃない。こういう時間を過ごしたかったわけではない。
 晶は頬が赤面するのを感じながら、ゆっくり深呼吸をした。努めて言葉にして、できるだけ正確に受け止めてほしかった。

「……ごめんなさい、オーエン。意地を張りました」
「意地、ね」
「体型の問題だけじゃなく、これはちょっとセクシー過ぎて、私は好みじゃないんです」
「……じゃあ、どれ」

 オーエンは掴み取った水着を戻し、色とりどりの棚をゆっくりと見渡す。一応好みを聞いてくれるつもりらしい。
 晶も鮮やかな水着の群れを縫いながら、じっくり吟味した。
 独特の真新しい繊維の匂い。ビーチの波音を再現したBGM。浮足立った夏の気配が、二人を取り囲んでいる。

「こういうワンピースタイプになってるやつか、パレオがセットになってるやつがいいです」
「色は」
「去年がこういう色だったので、違う色だったら何でも。オーエンが選んでくれませんか?」
「おまえに全然似合わないやつを選ぶかもしれないよ」
「そうしたら部屋で、部屋着替わりに着ます」
「…………どうかしてる」
「あはは、見に来て笑ってもいいですよ」

 晶がそう冗談を言えば、オーエンは「それもいいね」などと乗っかってくる。買ったばかりの水着に身を包み、室内でお茶会をしている図を想像してみたが、トンチキな上にやっぱりちょっと恥ずかしかった。

「オーエンは海とプール、どっちに行きたいですか?」
「海。おまえが波に飲まれて慌てるところが面白そうだから」

 なんやかんや、一緒に海に行く予定も立った。(水着はオーエンからのプレゼントだった。マフィンとクッキーの代金らしい)






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