▽調理実習 転入してから一週間と経たないうちに、オーエンは校内で独自の地位を築き上げていた。 芸能人顔負けの容姿。学業優秀な帰国子女。(どうやら)超金持ち(らしいという噂)。フィクションのキャラクターのごときハイスペック。 そして群がる女子生徒へ向ける、見事なまでの塩対応。 とにかく冷たい。声をかけても基本が無視、ちょっとしつこくしようものなら氷の視線と毒の言葉で、見事に打ち倒されてしまう。 自由気ままで、遅刻早退サボりの常習犯。教師陣でさえ、彼をコントロールできなかった。 「晶ってさ、『氷の王子様』と付き合ってるの?」 この日の家庭科は調理実習。体育も音楽もサボりがちなオーエンは、当然欠席である。 オーエン不在で人数の欠けた班を横目に、友人はマフィン用のバナナをべちゃべちゃとすり潰しながら問いかけてきたのだ。 「氷の王子様ってオーエンのこと? 付き合ってないよ……」 晶は自身の『初恋』について、親にも友人にも打ち明けたことがない。 「やたら仲良しじゃん」 「まだ仲良しってほどでも」 「連絡先知ってるでしょ」 「仲良しのハードル低くない?」 「あのね、氷の王子様に連絡先聞きに行った子たち、何されたと思う? スマホ出すでしょ、LINEのQRコード出すでしょ、そうするとそれを読み込んだ王子が『よし、今ブロックしたよ』って」 「うわー……」 とは言え晶だって、オーエンと連絡が取り放題というわけでもない。 転入初日にオーエンのアイスを台無しにしてしまたため、弁償の連絡という手前で交換しただけだ。 (オーエンって会話のキャッチボールするつもりないしな……今日だって調理実習のことLINEしたけど既読スルーだし) 質問だろうが気が向かなければ返信はしてこない。だが突然、無言で猫の写真が送られてきたり、『明日放課後クレープ』などと誘いではなく拒否権のない決定事項が届いたりはする。 他に類を見ない存在だが、これがオーエンなのだ。 今は戸惑いすらも、オーエンとの再会の証明のようで、正直嬉しい。 「付き合いたくないの?」 「今のところは、特に」 「のんきだなー。後で泣いても知らないよ」 友人には、オーエンとの過去について詳しく話していない。 口止めされているわけではないけれど、なんとなく彼は、自分のプライベートを好き勝手に言いふらされるのは嫌がるような気がした。オーエンの嫌がることはしたくない。 それに、秘密にしておきたい。 今はまだ、晶だけの秘密でいい。 「んーーいい匂いしてきたね」「オーブン開けまーす」「火傷しないようにー」 やがて調理室に、甘く香ばしい空気が満ち始めた。 今日のメニューはフルーツのマフィンだ。晶の班はバナナを選んだ。 少し焦げてしまったけれど概ね成功。その場で食べる用はホイップクリームとチョコレートソースをかければ誤魔化せてしまった。 割り当ては一人三個。晶はその場で二つ食べた。 ×
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