※あらゆる捏造設定のパロディ ※登場する事件や病気もすべてフィクションです ▽再会 高校二年生、五月。初恋の男の子と再会した。 「オーエン! オーエンですよね!?」 連休明けに転入生が来るという噂は、春の浮かれた校舎に知れ渡っていた。 どうやら外国人らしい、ものすごいイケメンらしい、結婚相手を探しにきた王子様らしいなどと、真偽不明な内容も多かったが、『外国からの転入生』『美形の男子生徒』というところまでは概ね正解。 本日。朝礼後に教室にやって来た彼を目にした瞬間、晶は驚愕のあまり席から立ち上がった。派手な音を立てて椅子が飛ぶ。 「なんだ真木、知り合いか?」「えっ、晶マジ!?」「真木さんの元彼?」 クラスのざめわきがすり抜けていく。晶は呆然としたまま、ただただオーエンを見つめ続けた。 (オーエンだ……間違うはずない、私が、オーエンを間違うはずが) 指先が震える。言葉に迷う。感極まって、今にも涙が零れそうになって―― 「知らない」 ぴしゃり。『転入生のオーエンくん』は、晶の感情をすべてシャットアウトするような、極めて冷たい声で言った。 「おまえなんか知らない」 ◯ そうして晶は一日中、オーエンから無視されることになる。 そもそもが派手。話題に事欠かない、中途半端な時期の転入生。同じクラスはもちろん、他のクラス、学年からも訪問者がひっきりなしで、晶が一対一でしっかり向き合うチャンスはなかった。 たとえ彼が、話しかけるほとんどの人間を冷たくあしらっていたとしても。 (顔もそっくり、名前も同じ、それでも別人ってこと?) そんなはずはない。あんなとんでもない美形が、同時代に同姓同名で二人も存在していてたまるものかと思う。 (……私を忘れちゃった、ってこと?) 胸を過る寂寞に、思わずため息が出た。 だが無理もないのかもしれない。晶の記憶では、最後に会ったのは六年前。連絡先の交換も出来なかったから、一切のやり取りがなかったことになる。 (そりゃ……忘れるか。忘れるよね……忘れるだろう……) 自分の机に突っ伏して、晶は静かにため息をつく。 久しぶりに会えたから、話したいことがたくさんあった。あのときのこと、あれからのこと、今のこと。聞きたいことも数え切れないほどあった。 あれからどうしてた? オーエンの人生は、どんな風だった? ◯ 放課後。 晶の浮かない気持ちとは真逆に、一日を通して晴天。雲一つない鮮やかな夕焼け空の下、晶はとぼとぼと帰路を歩いていた。 こんな日に限って、友人たちと予定が合わず単独下校である。 (一人だけど、何かおやつでも食べて帰っちゃおうかな……) クレープ、鯛焼き、たこ焼き、タピオカ、アイスクリーム……近場の甘味スポットをあれこれ思い浮かべていたところ、ふいに目を引き寄せられるものがあった。 「あ……」 猫。猫だ。路上に駐車されたバイクの影を、灰色の小さな猫がよちよちと歩いている。 どことなく足取りが覚束ない。怪我でもしているのだろうか。 様子を見に渡ろうと、晶が近くの横断歩道を探していたところだった。タイミング悪く、激しいエンジン音が猛スピードで近づいてくる。 近づいてくる運転手は気づいていない。このままでは、猫と衝突してしまうだろうということに。 「……っ、危ない!」 ガードレールを飛び越え、晶は走り出していた。足がもつれながらも猫に手を伸ばし、その小さく柔らかい体を抱き上げる。 ここまではよかった。問題は車のスピードは落ちることなく、すぐ側まで迫っていること。猫を抱き上げた拍子に転んでしまい、起き上がるのが間に合わないこと。 (ぶつかる……!) クラクション。歩行者の悲鳴。ブレーキ音。 晶は猫をかばうように抱きしめ、目をつぶった。 「晶!」 身体がふっと軽くなった。誰かに抱き上げられ、そのまま転がるようにして路端の生垣に突っ込む。 「…………っ、う」 恐る恐る目を開ける。あちこちに痛みはあったが、あわや車に轢かれそうだったことを思えばなんてことない。 助かりました。ありがとうございました。そう口にしようとして、助けてくれた相手を見上げた。 「死ぬつもり?」 呆れ果てた顔のオーエンが、片手で猫を摘み上げている。 猫はニィニィとか細い声で鳴きながら、元気に手足をばたつかせていた。 「よかった……無事だったんですね」 「全然無事じゃないんだけど」 「え…………あ」 オーエンの指差す先には、見るも無惨に落下した、三段重ねのアイスクリーム。 「……オーエン」 「なんだよ」 「オーエンですよね」 じわじわと蘇るものがある。先ほど車と接触しそうになったあの瞬間、彼は確かに、晶の名前を叫んだのだ。 「……ほんと、馬鹿だよねおまえ」 オーエンは観念したように、長いため息をついた。 そしてしゃがみ込み、晶に向かって手を伸ばす。 「え……」 「折角忘れたフリをしてやったのに」 細く長い指先が、晶の髪に触れた。一枚の葉っぱを掴む。生垣に突っ込んだときに付着したらしい。 「僕から離れるチャンスだったのに。バカで間抜けな晶。昔もそうだったね。世渡り下手で危なっかしい、愚かなやつ」 晶は確信する。ああ、彼はオーエンだ。六年前に別れた、あの彼なのだ。 背が伸びて、声も低くなって、何もかも大人っぽくなって。でもその辛辣な物言いも、その割に優しい視線や指先も同じだ。変わっていない。 「オーエン」 「何だよ。いちいち名前を呼ばなくても……」 「会いたかったです。ずっと。よかった、忘れられてなくて、わたし」 「っ、おい……なんで泣くんだよ」 大した怪我もしていないのに、涙が溢れて止まらない。オーエンは動揺した顔でハンカチを取り出して、晶の顔に押し付ける。 その仕草もあのころと変わっていなくて、晶の表情は泣き笑いに変わる。それを見たオーエンは「気持ち悪い、最悪」と、口角を上げて吐き捨てた。 ×
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