まほやく | ナノ







 ミスラが晶の気配を辿って空間の扉を繋げたら、入浴中だったということが何度かある。
 晶は湯船に浸かっていたり、体を洗っていたりとシチュエーションはいくつかあったが、当然常に全裸だ。
 ミスラと顔を合わせた瞬間、真っ赤になって一瞬固まって、それから「わー!」「きゃー!」「ぎゃあー!」などと折々の悲鳴を挙げてどうにか隠れようとする。

「裸なんて、ベッドの中で散々見てるじゃないですか」

 本日、そう言ったら泣かれた。
 全裸のまま、さめざめと。滴り落ちる涙の雫が、湯船に吸い込まれていく。
 泣き止んでほしい。かと言って今触れようものなら、しばらく口も利いてくれなくなる気がする。

「…………分かりました」
「何が……っっな、なにが!?」

 顔を上げた晶は目を大きく見開き、それから「わーきゃーぎゃー!」と悲鳴を上げて、自分の顔を両手で覆った。

「ミスラ!? 何がなんで……? 何をどう分かったんですか……!?」

 魔法を使い、一瞬で自ら全裸になったミスラを前に、晶が激しく動揺している。しどろもどろの言葉たちが、風呂場の高い天井に反響して巡る。

「俺にこうしてほしかったんじゃないんですか?」
「え……? ええ、え…………!?」 
「あなたよく、俺が服を剥ぎ取ると怒るでしょう。ベッドの中で」

 ざぶり。音を立てて湯船が揺れる。
 ミスラが一歩踏み出して、晶と距離を詰めたからだ。全裸で。

「ちょ、あんまりこっちに来ないでください……見えるし……!」

 晶は顔を覆ったまま明後日の方を向く。そしてゆっくり、身体を湯船に沈めていく。ざぶん。
 ざぶん。ミスラも倣って、湯船に浸かる。ただし彼はまっすぐに晶を見つめたままだ。

「ていうかベッドでも怒ってないし……」
「いや怒ってますよ。自分だけ脱がされていや、みたいなやつ。俺のことも脱がしたがるじゃないですか」
「言い方……言い方……っ」
「今もあれと同じなのかと思って」
「…………」
「自分だけが裸だから、泣いていたんじゃないんですか? だから、俺が脱げば満足なのかと」
「……………………っふふ」

 ちゃぽん。彼女の感情と、湯船の揺れがシンクロしているようだった。

「ふふっ、ふふ、あはは……っ、それじゃ私、私が、ミスラの裸が見たくて泣いてたみたいじゃないですか……!」
「? 違うんですか?」
「違いますよ……!」
「はあ。じゃあ俺に服を着てほしいと?」
「ここで!? 入浴中に!? ……っ、あはは、そんな……っ、ミスラは、もう……もうー! あははははっ」

 理解不能な女だ、と思った。
 全裸で、髪をお湯でしっとりさせ、声を上げて笑っている。涙はとっくに止まっていた。理解不能。
 しかしミスラは「釈然としないものはあるが、やはり自分が全裸になって湯に浸かれば晶は泣き止んだのだ」という結論を手にしてしまったわけで。

「ひゃあっ」

 ざぶん。温かな湯が波打つ。
 満ち満ちた柔らかな湯気を乱して、ミスラが晶の体を引き寄せた。

「選んでください」
「えっ、ちょ」
「このまま風呂か、俺の部屋か。どっちでしたいですか?」
「したい、って、何、何を……え」
「俺は別に、あなたを抱ければどちらでも構わないので」







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