成人式には行かなかった。 当たり前だ。同窓会の出欠も提出していない。 たまたま同じ時期に近い場所に生まれただけで、どいつもこいつも赤の他人である。 「えっ、オーエン行かないんですか?」 しかしその事実を伝えた瞬間、晶 は目も口も大きく見開いて絶句した。 年末の寒々しい公園。キッチンカーで買ったばかりの鯛焼きが、薄ぼんやりとした湯気を上げて、彼女にかぶりつかれるのを待っている。 「僕が行くと思った?」 「式はともかく、同窓会は……駅前のホテルレストランですよ……? ワールドペストリーで優勝したパティシエがいるって話したじゃないですか……?」 「別の日に行く」 成人記念の団体客に、目玉のパティシエが腕を振るうわけがない。いつ並べられたのかも分からないパサパサのケーキやカサカサの生クリームにつられる節操なしではない。そんなことは晶ならよく分かっているはずだけれど。 「そっかぁ……そうですよね……」 晶はしょんぼりと肩を落としながら、鯛焼きの背びれを千切っている。いつもと違う食べ方だった。 「おまえは行ってくればいいだろ。成人式が今生の別れになる連中も山程いるだろうし」 「そんなことはないでしょうけど……あ、オーエン。芋餡がこぼれてます」 三匹目の鯛焼きを飲み込みながら、件のホテルレストランのアフタヌーンティーを調べようと思った。質の良い菓子類というものは、顔も覚えていない同窓生どもと囲むより、今みたいに二人くらいでじっくり摘んだ方が美味いのだ。 ◇ 成人の日。 出席はしないが、祝日はやぶさかではない。よく晴れた冬の朝、小鳥の囀りを聞きながら、オーエンは毛布に潜り込んだ。 このまま二度寝をして、遅い朝食はパンケーキとフレンチトーストを両方食べる。蜂蜜もメープルシロップもバタークリームも乗せてやろう。 甘いまどろみに身を任せたところで、無粋なチャイム音が鳴り響いた。 (無視) 知ったことではない。聞こえなかった。オーエンは微動だにしない。しかしチャイムはもう一度鳴る。聞こえなかったのにうるさい。 「オーエーーン」 晶の声がした。インターフォンの応答を待たず、肉声で呼びかけてくる。うるさい。 「………………くそ」 丸無視をしてもよかったが、彼女は意外にしつこい。 放っておくといつまでも安眠が脅かされるかもしれない。 パジャマの上にガウンを羽織り、眠い体をずるずる引きずって玄関に向かった。 「おまえ、何のつもり……」 「おはようございます!」 オーエンの、鍵を開けるのもままならなかった寝ぼけまなこが、ハッと開いた。 冬の冷気のせいではなく、鮮やかな花のようなものが飛び込んできたからだ。 「すみません朝早くから。一生に一度のことなので……!」 晶は晴れ着姿だった。そう言えば何ヶ月も前に、前撮りの着物がどうこうと言っていた気がする。 モデルの着用画像を神経衰弱のように並べ、こっちはどうだどっちがどうだと騒がしく尋ねてきた割に、いざ自分が着用した写真は一枚も見せようとしなかったのだ。 「オーエンに一番に見せたかったんです」 「…………」 「着付けのためにすっごく早起きだったんですよ! 美容院はもう戦場って感じで」 「…………」 「……オーエン? 起きてますか?」 起きているとも。もう二度と眠れない気さえする。 いや寝れるが、夢に出てきそうだ。 馬鹿みたいに色とりどりの着物に身を包んで、新雪のようなほわほわしたショールを巻いて、髪も顔もいつもよりずっときらきらに飾り込んでいる姿。 冬の透明な日光を含み、やけに輝いて見える笑顔も全部。 「オーエン。何か言ってください」 馬子にも衣装。木株にも物着せよ。言葉ならある。もしかしたら彼女は、そういう皮肉めいたものを聞いて喜ぶつもりなのかもしれない。 「……変な格好。それで式典とやらに出るつもり? 皆に笑われるよ」 「ふふふっ、そうですね」 やはり彼女の方が笑っている。 無邪気で楽しそうで癪に障ったので、せがまれたツーショットはパジャマ姿のまま撮ってやった。晴れ着とパジャマ。 嫌がらせのつもりだったのに、彼女はこのアンバランスな写真でさえ何十年も大事に飾り続けている。 ワンドロライ第1回・お題「着物」 ×
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