まほやく | ナノ







【オーエン】 

「その節はお世話になりました」

 と、マスクをした晶が言う。

「元気になってよかったね」

 と、ベッドで丸くなるオーエンが微笑む。

「う、すみません……私のせいで……」
「いいよ別に。おまえにうつされた風邪じゃなくて、病院でもらったやつかもしれないし」
「ど、どっちにしても私のせいですよ……」

 晶はオーエンの枕元に膝をつき、今にも土下座をしそうな顔をしている。
 しおしおと身を縮める彼女を前に、愉快な気分に浸れる程度には、オーエンは元気である。

「剥いて、それ」

 晶がお見舞いに持参した、立派な果物籠を指してやった。

「あ、はい。じゃあお台所お借りしますね」
「ナイフ持ってきて、ここで剥いて」
「床がべしゃべしゃに……」
「がんばれ」

 キッチンからフルーツナイフを持ち出し、適当なボウルの上で林檎や梨を剥く晶を、ベッドの上から眺め続けた。気分は悪くない。

「授業のノート、借りてきました」
「置いておいて」
「もうすぐ中間試験ですね。また一緒に勉強しませんか?」
「考えとく」
「林檎、うさぎさんにしました」
「残酷」

 ざくっ。うさぎ林檎の背にフォークを指し、晶が「どうぞ」と差し出してくる。
 そのまま口を開けて、頭からうさぎにかぶりついた。カップルか幼子の「あーん」と変わりないのだが、彼女は羞恥のひとつも浮かべていない。
 しゃくしゃく音を立てて咀嚼するオーエンを見つめ、「いっぱいありますからね」とにこにこしているだけ。嬉しそう。満足げ。

「小学生のころ、私が風邪を引いて寝込んだときも、オーエンがお見舞いに来てくれましたね」
「そうだっけ」
「はい。学校でプリンが出た日で、『真木に届ける』って約束してもらってきて、私の枕元でモリモリ食べて帰って行きました」
「ひどい話だね」
「えへへ、嬉しかったなあ、あれ」
「……プリン奪われてるのに?」
「はい、奪われたのに。私、オーエンを何度もおうちに誘ったけど、一回も遊びに来てくれたことなかったから」

 晶が「オーエンがとっくに忘れてしまったでしょうけど」というていで語ってくるのを、そのままにさせておいた。

「風邪を引くのも悪くないなと思ったんですよね。オーエンが優しくしてくれるなんて、って」

 ――よくある話。体調不良になったとき、家族が甘やかしてくれた思い出は、砂糖をまぶした粉薬のように舌先に残る。
 オーエンにそんな記憶はない。ないはずだった。
 病気は病気。辛く苦しいだけ。思い出に多面性はなく、痛みは痛み以外の何ものでもない。
 だがたった今頬張っている林檎は、よく熟れている。
 信じられないほど甘い。熱っぽい体に、瑞々しさが染み渡っていく。

「……今は僕が風邪引いてるんだけど」
「そうですよね。任せてください、いくらでも優しくしますよ」

 そう言って晶は、新しい林檎を差し出してくる。

「それはさっき食べた」
「あ、じゃあ梨にしましょうか。あとメロンと、柿と、バナナとぶどうがありますけど」
「白鳥の形に剥いて。無理なら口移しで食べさせてもらう」
「えっ」






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