【オーエン】 晶とオーエンの通う高校は、なだらかな丘の上にある。 最寄り駅は丘の上にあるが、オーエンと[FN:晶]は自転車通学をしている。緩やかなカーブを描くこの坂を、毎朝己の足で登らなくてはならない。 「遅い」 「すみません! 寝坊しちゃいました!」 「見れば分かるよ」 「早く乗ってください!」 玄関先であわあわしている晶を、オーエンは鼻で笑いながら、自転車の荷台に腰を下ろす。 「振り落とされないでくださいね!?」 「振り落としたら殺す」 「飛ばしますよ!」 本当に飛ばしやがった。このところ誰に教わったのか、彼女の運転が荒っぽくなっている気がする。 「寝坊するなら連絡しろよな」 「すみません……! その時間も惜しくて」 彼女の通学鞄からこっそりスマホを取り出し、勝手に操作した。埋め尽くすオーエンからの着信履歴を削除。後から「心配してくれたんですか」なんて喜ばれてはたまらなかった。 なだらかな勾配の坂道でも、二人分の重さを漕ぐのは、それなりに苦労する。おまけに今朝は遅刻しかけているため、スピードも出したいところ。 「はっ、いい天気!」 「呑気。馬鹿なの」 「いいじゃないですか、ほら」 晶が坂の下に視線をやる。ついつられて、オーエンも視線だけそちらに向けた。 穏やかな秋の朝。音もなく透明な光が降り注ぎ、街をきらめかせている。暖色に彩られた木立が、朝もやをはらんで揺れていた。 「このままどこか行きたくなっちゃいますねえ」 「……お前のクラス、一時間目は小テストじゃなかった?」 「あ゛っ」 「はは、いいよ。このままどこかに行っても」 「滅相もない……受けたいです、テスト」 「意気地なし」 「だって昨夜せっかく、オーエンが勉強に付き合ってくれましたし」 別に勉強に付き合ったわけではなく、放課後の足が欲しかったから、待ち時間ついでに隣に座っていただけ。 そんな小テストなんてどうでもいいから、今すぐ行き先を変えたっていい。坂を登るのをやめて、でたらめな速度で坂をくだってしまえばいい。 (……寝癖) 軽やかに自転車を漕ぐ彼女の後ろ髪が、ぴょこりとおかしな方に跳ねている。 気づいていないのだろうが、指摘すれば慌てて赤面するだろう。彼女の羞恥のあんばいなど、ほとんど理解できていて、その上でからかって遊ぶのが好きだった。 「オーエン! 放課後、この前言ってたクレープ屋さんに寄り道しましょうね!」 振り向かなくても、どんな顔をしているか分かる。それでも顔が見たいと思う。 ×
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