オーエンは粉薬が飲めない。 理由は苦くてまずいから。口に入れるだけでウェッとなる。後味も最悪。喉にも味覚が生まれた気分になる。鼻の奥もつーんとする。とにかく嫌だ嫌いだ。粉薬を飲むくらいならこのまま病気を拗らせて死んだ方がまし。 「私を置いて死なないでくださいよ」 「……風邪くらいで死ぬわけないでしょ……ばかじゃないの」 今しがた自分が言ったことは、一瞬で忘却したらしい。発熱で意識が朦朧としているせいかな。いつもの意地悪くぎらついた目はとろんとしているし、舌のキレも悪い。 「はー……っ」 長い溜息が苦しげで、私まで胸が締め付けられる。たかが風邪。されど風邪。 どうにかして病院まで引きずって行って、医師に看せるまではいけたのだ。診察室まで着いて行こうとしたら「バカなの?」と蹴り出されたけれども。 「ほら、オーエン」 「うるさい」 あとは処方された薬を飲ませるだけ。食欲がないながらに、レディーボーデンのチョコレートアイスを、バケツみたいなパイントでたいらげた。 「ねえ、おでこのやつ貼り直して」 請われるがまま、冷却シートを新しいものと交換する。ひんやりとした感触に、きゅっと瞼を縮める仕草が可愛い。 「おい」 「え?」 「ニヤニヤしないで」 猛省。私の表情筋は嘘が苦手だし、オーエンの目は嘘を見破るのがすこぶる得意だ。これだけは風邪だろうがなんだろうが変わらないようである。 唇を引き結び、目頭に力を入れる。眼球が乾いてピリピリする。 「どうですか?」 「ああうん。もっと変な顔になった」 「変なんだ……」 「おまえの顔はいつも変だよ。僕を見てヘラヘラしたりアワアワしたり、忙しなくってバカみたい。いつ見ても飽きない、おかしな顔」 この憎まれ口は愛情表現である。甘いものをたらふく召し上がり、苦くて辛い言葉を吐き出すのが、オーエンという男なのだ。発熱で加速している。ああ可愛い。 「その顔やめろ」 「むぎゅ」 頬をひっつかまれ、爪を立てられた。戯れ程度には痛い。いつも爪を短く切りそろえているので大したことはないのだが、大げさに痛がって見せるのは私の愛情表現だ。 「じゃあオーエン、お口を開けてください」 「嫌だ」 「座薬になっちゃいますよ」 「許さないからな」 「じゃあ口を。ほら、オブラートに包んでありますから」 「そっちも絶対に嫌だ。前に途中で破れて最悪だった」 以前は嫌がらせで、破れた瞬間に私を拘束し、腹いせとばかりにぐちゃぐちゃになるまでキスをかましたのを忘れたのだろうか。 「思い出すだけでも興奮する。あれもう一回やる?」 「覚えてるんですね……」 「あれで風邪を移したからね。さすがに可哀想だからもうやらない」 ああ何なんだこの人は。早く薬を飲んでくれ。病人相手に胸ときめくのはもどかしい。私は痴女になりたくない。 「じゃあこちらをどうぞ」 結局、服薬用のゼリーを取り出してしまった。動物柄のチアパックを数種類。 「いちご味とぶどう味とチョコレート味。どれにしますか」 「……いちご」 お皿にゼリーを流し入れ、粉薬を包み込む。スプーンですくって、オーエンの口元に持っていく。 「あーん」 「…………」 随分小さくだが、大人しく口を開けてくれた。スプーンを滑り込ませ、咀嚼しきったのを確認して二匙目。何度か繰り返し、薬入りのゼリーは空になった。 「はい、いい子でしたね」 「……こんな便利なものがあるなら早く出せよ」 「出来ればそのまま飲めるようになって欲しかったんですよ。外出先で『おくすり飲めたね』を取り出すわけにいかないでしょう、たとえば入院したとき看護師さんに頼むとか…」 「はあ? 外では薬くらい普通に飲むに決まってるだろ」 パックに残ったゼリーを薬なしで味わいながら、目をすがめた。 「病気にかこつけて甘えてあげてるんでしょ。どう、楽しい?」 「うわ、かわいー」 「気持ち悪い。最悪」 やっぱりオーエンは熱を出していて、頬が赤く瞳も潤んでいる。酷い風邪なのだ。疲れたようにベッドに横たわり、私の頬を指先でさすって「お前が気持ち悪いから、早く治す」と微笑んで、すぐ眠ってしまった。 ×
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