まほやく | ナノ







 貰い物の桃があるから、今夜そっち行く

 オーエンからのメッセージはいつだって簡潔だ。絵文字どころか、感嘆符のひとつも付いていない。たまに句読点すらない。
 唐突な連絡(というより決定事項の報告)だが、私のスケジュールは何の問題もない。元々拒否権などあってないようなものだが、そもそも拒否しなくてはいけないようなタイミングで、オーエンは連絡をしてこない。

(それにしてもタイミングが良すぎるな……今まさに、桃が食べたかった……!)

 そろそろいい季節だなと、何かの折に思ったのだ。テレビか雑誌かSNSか、あるいはデパ地下の千疋屋か。はやる心は、きっかけなんてもう思い出せない。



「はい」

 仕事帰りに私のマンションに立ち寄ったオーエンは、立派な桐箱を抱えていた。

「え! こんなに!?」
「面倒だから箱ごと持ってきた。もう食べ頃らしいから」
「それはそれは……! 今剥きますね。リビングで待っていてください」

 と言ったものの、オーエンは桃の桐箱をキッチンまで運んでくれた。しょっちゅう訪れているので、慣れたものである。
 オーエンがジャケットを脱ぎ、ソファでタブレットを開いている間に、私は素早く桃を剥く。
 少し力を入れるだけで凹んでしまうほど、実はよく熟れていた。
 瑞々しい芳香にうっとりする。つまみ食いに欠片を頬張ると、清らかな甘みが口いっぱいに広がって、思わず笑いがこみ上げる。

「お待たせしました

 私がローテーブルに皿を乗せると同時に、オーエンはタブレットを閉じて鞄にしまう。
 その表情がほんのり解ける。オーエンだって桃は好きなのだ。特にこの、とろけるほどに熟れたやつが。

「じゃあいただきましょう、か」
「ちょっと待って」

 ソファの隣に座り込んだ私の口元を、オーエンが突如、ぎゅうと掴む。細長い指に頬を押し上げられ、つい「むぎゅ」と声が出た。

「フライングしただろ」
「ひょへ」
「つまみ食い」

 本気で咎められているわけではないが、反射的に「うっ」と言ってしまう。隙を奪われたような気分なのだ。
 そこはオーエンも同じ。怒っているようで、口角が形良く弧を描く。ニヤリと。

「ん、……っ」

 食むように唇を重ねられ、思わず身じろいだけれど、よく沈むソファなので後ずさることもできず。舌で直に、つまみ食いの事実を見破られてしまう。

「……やっぱりね」
「普通に聞いてくれたら白状しましたよ……っ」

 私がいくらか荒れた息で不平を漏らしたが聞く耳持たず。オーエンは満足げにソファに座り直して、小ぶりなフォークを桃に刺す。
 仕方ないので、私も倣って桃を食べることにした。大ぶりにカットした実を、舌でじゅわっとつぶす。甘い。喉を通過してもなお味がする。

「いい桃ですねえ……」
「ね」
「本当にありがとうございます、オーエン。高かったでしょうに」
「……は?」
「え、貰い物って嘘ですよね。わざわざ買ってきてくれたんでしょう?」
「は。バカじゃないの」
「ちょっと! ひとり占めしないでくださいよ!」





×