まほやく | ナノ







 忘年会の終わりに終電がなくなってしまい、オーエンの家を訪れた。
 たびたび泊めてもらっているので、私の部屋着もメイク落としも置いてある。シャワーを借りて浴室を出ると、オーエンは何故かコートを羽織って玄関にいた。

「ちょっとコンビニ行って来る。寝てていいから」

 とは言われたが、それも寂しいのでリビングで待つ。
 ノンアルコールで付き合っていたので、まるで酔っていない。本当は終電前に切り上げられる雰囲気だったのだが、オーエンの顔見たさに泊まりに来たし、恐らくそれはバレている。

(早く帰って来ないかな……)

 ぼんやりとテレビを点け、サブスクで少し昔の恋愛映画を観ていたら、彼氏から「いつでも来ていいから」と合鍵を渡されるシーンがあったので、ほどなく帰宅したオーエンにその話をした。

「それ『俺が留守のうちに家事をやっておけ』って意味だろ」

 オーエンは鼻で笑いながらコートを脱ぐ。ネクタイこそ締めていないが普段着だった。
 彼が絶対に部屋着で外出なんてしないというのは、入り浸るようになって知ったことだ。

「いやいやそんな副音声じゃないですよ。心ときめくプレゼントとして描かれていました」
「合鍵が? そいつの何ひとつ切り取ってないプレゼントに価値があるの?」

 お金とか手間暇とか、相手のことを考えて思い悩むことだとか、そういうものをオーエンは「自分の何かを切り取る」と表現した。
 我が身を切り取って渡すからこそ、贈り物には価値があるのだと。

「任侠映画で、落とし前だーって爪を剥がすのと似たようなものですかね」
「そうかもね」
「オーエンが海外出張になったとき、キレイな絵葉書を送ってくれたのとか」
「僕のエアメールをヤクザの生爪と一緒にするな」
「あた」
「痛くしてない」

 デコピンに続くキスは優しくて、何度だってしてほしくなる。
 初めは額、そこから頬、唇。静かな室内に、リップ音と衣擦れだけが響く。

「……ほしいの?」
「え…?」
「合鍵」

 息継ぎの間に、オーエンが問う。そう言えばそんな話をしていたなと、酸欠気味の脳で考える。

「『家事をやっておけ』って意味ですか…?」
「馬鹿」
「このマンション、全部指紋認証じゃないですか」
「おまえの指も登録できるよ」

 そうしてオーエンは、私の薬指をそっと撫でる。

「生爪どころじゃ済まさないけど」






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