ふざけた魔法を使われたものである。 ここを出たら殺す。どこに雲隠れしても一瞬で見つけ出して延々と苦しめて殺す。許さない。 「つまり私とオーエンが、セックスをすれば、部屋から出られるわけですね」 晶の声が震えている。噛み締めてどうするんだと振り返り、あまりに青ざめた顔なので飲み込んだ。 「安っぽい呪い。素直に従う必要ないだろ」 「でも……」 お互いに分かっているのだ。条件を達成するしかない。 そもそも出られるものならとっくに出られている。どれだけ時間が経ったのか、閉じられた部屋では感覚も鈍る。 「はー……」 長い長いため息をつき、項垂れ、床と足を眺め、物思いに耽る。 「オーエン」 こんなつもりではなかった。陳腐が過ぎて言葉にするのも馬鹿らしいが、大事に扱ってきたのだ、これでも。 「賢者様、口開けて」 「ん、むぐ」 ひとまずシュガーを食べさせる。 「……美味しいです」 甘いものを一口食べさせれば、一呼吸つける相手だと知っている。 とは言え、このまま一か八かの耐久戦に持ち込むことは出来ない。魔法使いはともかく、人間が長期の監禁に耐えられるはずがない。 「横になって」 「え、え」 「ベッドに……あー、もう。ほら」 「わっ」 腕を引いて押し倒す。柔らかく上等な寝具がいよいよお誂え向きで苛立つ。 組み敷かれた彼女は目をぱちくりさせる。広がった髪を一房取り、軽く口付けて見せたら硬直した。ほんの一瞬愉快になった。 「あ」 「ヤるよ」 なんにせよ、可愛いとは、思う。 「すぐ終わらせるから」 こういう遊戯だと、お互いに割り切れればいいのではないか。そうだ、彼女にもそう言って聞かせよう。追い詰められた特殊環境を楽しんだと思えばいいと。 「ほら、こっち見て」 手袋を外して頬を撫でる。彼女のネクタイと、シャツの裾に手をかける。屈み、耳元に唇を寄せようとしたところで――それは決壊した。 「……おい」 「あ、ご、ごめんなさ……っ、う、あ」 ぼろぼろと大粒の涙を溢し、彼女は泣き出されてしまう。本人も意図しないもののようで、必死に拭う様がいじらしかった。 「ごめんなさい、すみません……、っ、……っその」 「……いいよ」 「すみません……」 服を脱がせるのも、口づけるのも中断した。 ベッドが軋む。晶の隣に横たわって抱きしめて、背中と後頭部をゆっくり撫でる。 嗚咽は止まらないけれど、強張った彼女の体から徐々に力が抜けていくのを感じる。 「そんなに嫌なの?」 「はい」 「…………」 「好きな人に、嫌々抱かれるのは、悲しいです」 「…………」 これはまずいなと、じわじわ思う。さめざめ泣くのを宥めながら、どう言ったものかと頭を悩ませる。 「……嫌々、ではない」 「え……」 「いや、嫌々だけど。こんなつもりじゃなかったからだよ」 「……はい」 「違う。嫌々なのはこの状況のこと」 「はい……?」 致命的なすれ違いを感じる。我が耳を疑い始めたところで、見知った魔法使いどもの「大丈夫か!?」などという遅い遅い遅い救出がやってくる。 ×
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