まほやく | ナノ







 フィガロに店選びを任せると、大体焼肉か焼き鳥になる。あとは鉄板焼とか。そろそろ寒くなってきたので鍋も増えそう。

「基本的に肉食だよね、フィガロ」
「どっち系の意味?」
「純粋な食性の話。あ、お店選びへの文句じゃないよ。仕事上がりのビールに合うのは、やっぱり温かいお肉だと思う」
「だろ?」

 頷きながら、私は油の跳ねた紙エプロンを着け直す。
 今夜はジンギスカンだ。帽子みたいな凸型の鉄板で、山盛りの野菜と羊肉がじゅうじゅう焼けている。

「君がお望みなら、グランメゾンのフレンチでもいいけど」
「えー、ドレスコードあるの面倒くさいよ……フィガロだってそこまで気合入れたくないでしょ。我々は気軽に飲み食いしたいから会ってるわけですし」
「うん。そうだね」

 私たちはどちらともなく「今夜空いてる?」と誘い合うご飯仲間だ。お互い単身者だし料理好きでもないので、もっぱら仕事上がりに夕飯兼お酒をして、他愛ないことをだらだらお喋りする。

「あ、でも今度お寿司でもいいな。あの前先輩に連れてってもらったお店が美味しかった」
「例の、マッチングアプリ大好きな男の先輩?」
「あはは、言い方。そうそう、最近あんまアプリやってないらしいけど」
「いつ行ったの? 二人で?」
「ん? 他の人と三人。先輩がランチ連れてってくれたんだけど、時間的にバタバタしててさ。お寿司は美味しかったしお酒も色々そろってたから、今度夜フィガロと来よってチェックしといたの。これこれ」

 と、食べログのブックマーク画面を見せると、フィガロはじわーっと嬉しそうな顔になる。

「……そんなにお寿司好きだっけ?」
「ん、まあね。美味そうな店だなって」
「でしょー? 実際美味しかった。おつまみメニューが評判らしいんだけど、ランチタイムはお寿司セットしか出してなくてさ」
「いつ行こうか、来週の金曜日は?」

 話が早くて助かる。よく焼けたラムのつくねを頬張りつつ、舌がすっかり寿司モードになってしまった。

「あ、金曜ダメだ。ワインの飲み放題行く」
「肝臓壊すなよ」
「そこまで飲まないよ。合コンだもん」
「へえ」
「数合わせがベロベロになったらまずいでしょ。お店遠いから帰れなくなるわ」
「どこ? 金曜残業してるから、帰りがてら迎えに行ってあげようか」
「え、ほんと? ……ん? そしたらどっちみちお寿司無理じゃん」
「君が忙しいなら残業しようと思って」
「?? 働き者で偉いね」

 フィガロはにっこり微笑みながら、ラムチョップをはさみで刻んでいる。それはもう、ばっちんばっちん威勢よく。






「う……」

 店を出るといよいよ冷え込んでいて、私は思わずマフラーに顔を埋め縮こまる。
 北国生まれのフィガロは平然とした様子で、背筋をぴっとさせている。アンバランスな姿勢の私たちは、並んで駅まで夜道を歩く。

「週末は初雪かもしれないってさ」
「ほんと? やだーー引きこもろーー」
「引きこもると昼夜逆転するだろ、ちょっとでも外出たら? 俺なら付き合うよ」
「え、フィガロ休めるんだ。でもいざ休みの日に遊ぼうってなったら、私たち何したらいいのか分かんないね」
「俺は色々案が出せるけど?」

 なんかそうするとデートみたいじゃん、って言おうとして、さすがに照れくさくてやめた。デートだよって言われても困るし、デートじゃないよって言われても謎に傷つく気がした。

「……美味しかったね、ジンギスカン。ふふ、髪が羊の匂いだ」
「どれどれ」

 フィガロが私の髪を一束すくって、鼻を近づける。

「ほんとだ」
「……乙女の髪を嗅がないでよ」
「ごめんごめん、じゃあお返しにどうぞ」

 屈んで髪を差し出そうとしてくるので、「いや嗅がなくても分かるよ」とそっぽを向き、数歩先を歩き出す私。

「今から電車乗ったら『あの人絶対今焼肉食べてきたな』ってバレるよね」
「まあそれ目的で店選んでるからね」
「何それ?」
「この匂いで他の男に会いに行けないだろ」
「……マウンティングがささやか過ぎない?」
「これからは朝食会にしようか。にんにくとニラたっぷりの餃子を振る舞ってあげよう」
「じゃあ週末うち来て、一緒に餃子包もうよ。私チーズが入ったやつ食べたい」

 ちなみにここまで、私たちは顔を見ずに話している。フィガロの言葉は背後から。

「あーー……」

 マフラーに顔を埋める。縮こまる。早足になる。駅。駅。早く。駅に。

「待った。ごめん。ちゃんと話そう」

 肩を掴まれて引き止められてしまったので、もう向き合うしかなくなった。
 




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