メバエ
駆×こはる
アニメ 12話


水を含んだみたいに重たくなった瞼を
億劫に思いながらも持ち上げたなら、辺りの目映さに目が眩んだ。
白とびして見える世界にピントを合わせるため瞬きを繰り返し、
漸く見えてくるはベッドとイスが置かれただけの無機質な空間。

丸い窓から吹き込む潮風が溶けた自分の知らない空気に居心地の悪さを感じつつ
ずっと動かされていなかった機械みたいに錆びた身体をどうにか起こすも
自分が結賀駆であるという確証の得られるものが見つからない。
まるで知らない誰かの朝を迎えたかのように錯覚してしまいそうになる中、
色濃く残った記憶だけは目の前を明るく照らしてくれる。

特に意識を失う前の数コマは鮮明で。こはるの叫びと泣き顔が遠ざかり
彼女が零した涙のように冷たい海面に叩き付けられる衝撃、
その痛みで思うように動かせなくなった身体が水に沈んでゆく感覚は
思い出すだけで息苦しくなるほど記憶に残っていた。


「俺は助かったのか…」


あの高さから落ちて生きているという事実に
何か大きな力が働いたからではないかという疑念を持ってしまうが
真っ暗な世界で確かに聞こえた愛する人が自分を呼ぶ声に
救われたことだけは間違いないとして
こはる以外のことがどうでも良くなってしまう。


「漸く目が覚めたようだな」
「駆!体調は?起きていて大丈夫なの?」


此処はどこかと考えるよりもこはるは何処にいるのだろうと考え、
辺りを見回していた駆に投げ掛けられた2つの声。
彼が求めているそれではなかったが
馴染みのある2人に一先ず何も分からない現状から抜け出せそうだと安堵した。


「傷だらけで担ぎ込まれてきてからずっと昏睡状態で…心配したのよ!」
「深琴が俺の心配か…てっきり無茶したことを怒られると思ったよ」
「怒ってるわよ!こはるの気持ちを考えたら当然でしょ!」


激しい雨音のような深琴の言葉をどこか遠くに聞いていた駆だったが
愛する彼女の名前が出ると急に現実を帯び、胸が急速に冷えてゆくのを感じた。


「それで、こはるは今どこにいるんだ?」
「ここにはいないわ。ノルンは世界が管理していて私たちは安易に近づけないの」
「つまり、こはるはノルンにいる」


ここがどこなのかも分からぬうちから、
自分の進むべき道が拓けたような気になって。
勢い任せにベッドから身体を起こし、地に足をつければ
今すぐにでも駆け出していきたくなる。

しかし、目の前に立ちはだかるはむっと表情を曇らせた深琴で。
あぁまた口うるさく言われるのだろうと思ったら案の定。
目覚めたばかりの身体であることを考えろだとか、
何も分からず無鉄砲に飛び出すなとか、彼是言われてしまう。

図星をチクチクと突くそれに耳を塞ぎたくなる駆だったが
ふと間延びした溜息が溶け込んできて、空気が一変する。


「ノルンまで送るよう手筈は整えている」
「夏彦?」
「いいのか?」


夏彦が溜息ののち発した言葉に2人それぞれ反応をみせたが
彼が本気であると察した深琴がそれ以上、何を言うこともなく。
予想外の展開ではあるが、どうにかノルンへ向かう流れになった。



「ジェット機で送るようロンに頼んでおいた」
「ロンに?」
「信用ないといった顔だな」
「いや…ただ、意外だったんだよ」


よくよく話を聞けば浜に打ち上げられた駆を
この場所に連れてきたのもロンであったらしく。
駆は夏彦がここまで厚意にしてくれる理由も含め、掴めず。
目覚める前にあった世界観が崩れてゆく。


「勘違いするな。ただ借りを返しただけだ」
「借り?」
「俺は元々リセットに反対していたからな。
形はどうあれあの時、火使いが否決してくれたことには感謝している」


以前会った時よりも柔な雰囲気になった彼は
あの娘のお陰で今があるのだと感慨深く話すから
やはり世界は自分の知らない間に進んでしまったのだと思い知らされる。
同時に愛する彼女も変わってやしないだろうかと
こはるに会うのが少し怖くなった。

本当はこはるが自分のことを待ってくれていると伝わっている。
ただあの時、手を放して泣かせてしまったことへの罪悪感が拭えず
合わせる顔がないだけ。


「感謝ついでに、一つ提案なんだが…」
「提案?」
「あの娘と再会して先立つものがないと困るだろう。
俺と正宗なら、お前を国連機関に推薦してやることも可能だ」
「あぁ…そういう話」


ありがたい話ではあった。
気に掛けてくれていることも、期待されていることも伝わってくる。
しかし、それが心を満たしてくれることはなく。

今自分が本当に望んでいるのはこはると過ごす穏やかな日々。
能力を持った者には難しいそれも互いがいれば他に望むものはないとする2人には
叶えられる幸せであるはずだ。


「悪いけど、断るよ」


何の迷いもなく出した答えに夏彦は理解しかねると眉を寄せたが
駆はただ穏やかな笑顔で交わすだけ。
多くの人に理解できない答えであったとしても
彼女だけはそれを否定せず、付いてきてくれるはずだと確信があるからだ。

能力を持っていながら自分の手で植物を育てていた日々と同じように
大きな力を持って世界を変えていくよりも
土を耕し種を蒔き、水と光と栄養を注いで生み出していく。
そのほうが駆らしいとこはるは言ってくれるはずだから。

あの時と変わらぬ自分で出会うために
駆は何も持たぬまま綿毛を吹かすような風に乗り、彼女の元へ飛び立つのだった。




End



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