イロトキ
駆×こはる
駆√ GOOD END後


陽の満ちるこの部屋。狭すぎず、広すぎず。殺風景でなければ華美でもない。
まるで最初から2人で住むことを想定されていたようなそこで
新しい暮らしが始まった当初、こはるが言った
『駆くんが来てくださって、漸く此処が私の居場所になった気がします』
という言葉の意味が最近になって分かるようになった気がする。

どちらかが欠けてしまったなら、きっとこの部屋は
広すぎて、殺風景すぎて。冷たい空間になってしまうはずだから。


「本当に大丈夫なんだけどなぁ…」
「ダメです!駆くんはゆっくり休んでいてください」
「う〜ん…」
「すぐに戻ってきますから。お留守番、お願いしますね」


家にいるときは勿論。最近では連れ立って出掛けることも増え、
2人一緒にいないことのほうが珍しくなっていた。
こはるの存在を感じていないと負の部分が騒いで落ち着かない。
そんな心に対し、身体は強すぎる想いに付いていかないことがあって。
外に行くという彼女を見送るばかりの自分が歯痒い。

こはるが出掛けてから暫く。
怠さの抜けない身体をベッドに沈めて休んでいたが
どうにも彼女の出て行ったドアが気になってしまい、眠ることはできぬまま。
虚ろな瞳に色を無くした室内を映し、気を揉んでいたところ
ふと、こはるお気に入りの本棚に視線が止まる。

ここにある本は旅人さんが持ってきてくれたものだと
こはるは駆に気遣いながら話していた。
それからは、互いにあまり触れないようにはしていたけれど
彼女が好きなものに興味がないわけではなく。
駆は重い足取りながら本棚へ向かう。


「それにしても…本当に童話が好きなんだな」


教養を身につけるため様々なジャンルの本が揃ってはいるが
置かれている位置や傷み具合から、彼女が好んで読んでいたものが分かる。

表紙やタイトルから伝わる甘く蕩けるような物語。
幾つもある愛のカタチの中で
お姫様と王子様が結ばれて終わる、そんな話が駆は少し苦手だった。
昔はそんなこともなかったはずなのだけれど
こはると出会って恋をして、
彼女が童話に出てくるお姫様に憧れていると知ってから
ハッピーエンドを恐れるようになったのだと思う。


「俺は…王子様にはなれないから」


何となく手に取った一冊に描かれている王子様とお姫様を
まるで壊れ物に触れるみたいに指先でなぞって、呟いた。
本の中のお姫様のようにドレスを身に纏い踊るこはるは容易に想像できるのに
その隣に立つ自分が想像できず、苦しくなる。

穏やかな日常の中でも、唐突に不安に襲われることがあって。
俯瞰で見ればいつ潰れても可笑しくない小さな箱のような日常。
そこから彼女が連れ出されてしまうのではないかと、終わりを恐れていた。


「かーけーるくん!たぁっ!」


拗ねたような。だけど、悪戯を企む子供のような調子で。
背中にぶつけられた声と柔らかく温かな衝撃に
駆は一気に現実へと引き戻された。

首を傾けて背後を見やれば、
視線を感じたらしいこはるは背中に埋めていた顔を上げ、数歩後ずさり。
そのまま少しの距離を置いて彼女と向き合えば
声同様に少々ご機嫌斜めといった表情が見えてくる。


「おかえり、こはる。帰ってきていたんだね」
「駆くんたら、さっきからずっと声を掛けていたのに、ぼーっとして…」
「あ…あぁ、ごめんごめん」
「どうかされたんですか?もしかして、相当体調が悪いとか…」


むすっとした顔を一変。心配そうに覗き込んでくるこはるに
駆は慌てて否定の言葉を口にすると少々決まり悪そうに視線を手元へ落とした。
その先にある本に気付いたこはるがはっと息をのむのを感じながら
先程の想い同様、重い本のやり場を無くしてしまう。


「その本、私が一番好きなお話です」
「うん。だいぶ読み込んでいるみたいだから、気になったんだよね」
「読み込んで…そうですね。眠れない夜はいつも読んでいました」


そう答えたこはるはそのまま本の中に入っていくみたいに
ここではないどこか遠くへ意識を向けてしまうから、胸がざわつく。
だけど、そんな素振りを一切見せず。
駆は「お姫様と王子様の物語?」と彼女を追いかけた先で問う。


「そうですねぇ…正確にはお姫様と魔法使いさんの物語です」
「魔法使い?」
「はい」


こはるが一番好きだという童話。
それは、お姫様に恋をした魔法使いの噺。
お姫様の隣に立つため、自らに魔法をかけ王子になった魔法使いは
本当の自分を隠すために魔法という名の嘘で自らを塗り固めてゆく。
結果、自分の想いすらも見失ってしまった彼を救ったのは、お姫様の言葉。


「誰も私たちのことを知らない場所へ連れ出して、とお姫様は言ったんです」
「…それが、ハッピーエンドなの?」
「そうですよ。だって、2人はそれぞれが背負っていた宿命を捨て
これからずっと、ただ愛する人と共に生きていけるんですから」
「…」


それはまるで自分たちのような不完全な恋。
これから先も困難が待っていると予感させるそれに憧れるこはるは
やっぱり変わった子だと思う。
だけど、そんな彼女だから、魔法も使えないこんな自分と
前に進むことを選んでくれたのかもしれないと考えれば、心が軽くなる。


「それじゃあ、こはるは?」
「私ですか?」
「共に生きていく相手が俺で良いと思ってくれてる?」
「…駆くんでじゃなくて、駆くんが良いんですよ。
私、駆くんと一緒にいられない場所も未来も捨てる覚悟ですから」
「そっか…」


真っ直ぐな答えに導かれ、見えてきた未来は険しい道でも何でもなく
花の雨に埋め尽くされた淡い道が続くばかり。


「ねぇ、こはる。今から2人で出掛けようか?」
「え、急にどうしたんですか?」
「う〜ん…今さ、凄く気分が良いんだ。
じっとしているのが勿体ないって思ったんだよね」


暖かな日差しが灯った窓の外へ視線を投げて言ったなら
体調を心配してか、こはるは訝しげに眉を寄せたが
駆がたらしこむも同然な笑みで促せば観念したらしい。
相変わらずの困り顔ながらも「少し外を散歩するだけですよ?」と
嬉しさを滲ませた声で答えを出す。

それを受けて、駆は持っていた本を棚に戻すことなく傍らの椅子に置くと
空いた手で彼女の手を取った。
そうして、歩んでゆく先は鮮やかに色付き、
開け放った扉から差し込む光は古ぼけた本を優しく照らした。





End

イメージソング「ユキトキ」



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