ゲキテキ
駆×こはる
駆√ 夢の世界以降


浮世離れした過去、宙に浮いたような現状、靄掛かった未来。
そこに生まれる幾つもの感情を背負っての旅は
身体だけでなく、心にも相当な負担をかけていたのだろう。

先日、1人が病にかかったのを機に
普段であれば病気とは無縁な体力自慢の船員たちまでも倒れてしまい。
備蓄していた医薬品の底の色が見え始めるまでの事態に。

そこで急遽、予定になかった地への上陸が決まったのだが
世界が指定したのは、食うものに困らぬ程度の生活が保たれただけの小さな村。
すぐに目当てのものを見つけて戻ってこられるだろうとして
村へ降りるのは、始めに体調を崩し、今ではすっかり回復した駆と
彼の一番近くにいながら、その影響を受けなかったこはるの2人に絞られた。

無自覚に2人だけの世界を創ってしまうきらいがあり
なんとも緊張感に欠ける彼らではあるが
大きく逸脱した行動をとることもないはずだと送り出されたわけだが
無事、薬屋に行き着いたところで問題が起こってしまった。


『わしが薬草を取りに行けりゃ良かったんだが…足を悪くしちまっての』
『薬草があれば、お薬はできるのでしょうか?』
『そりゃ、勿論。わしゃ、何十年も村唯一の薬舗主をしておるのでの』
『それなら、私が薬草を取りに行ってきます!』


限られた滞在時間の中、早々に用事を済ませ
空いた時間で彼女と2人、散策でもと考えていた駆は
こはるにそこまでする必要はないと耳打ちするも
真面目な彼女は『そういうわけにはいきません』と一掃。

一時は、強い使命感と老主から手渡された図鑑に気を重くした駆だが
こはるの後に続いて野山を歩いているうちに、考えは一変。
いつだって空調管理されている空の上とは違う。
色んなところを旅してきたみたいな重みのある風、
幾つもの植物が囁き合うような葉音。緑の中を駆けてゆきながら
『温かくて優しい、駆くんと同じ香りがします』
そう言って笑う彼女を見ているとこれはこれで良かったと思わされる。

彼女の言葉に、姿に、駆の心がざわついたことになんて気付かず
少女は笑顔を一変。表情を引き締めると
薬草を手分けして探そうとその場から離れてゆく。
舞っているかのような後ろ姿を呼び止めることもできぬまま
駆は少しのもどかしさをもって、自身の手に視線を落とした。

知らないものは生み出せない。
今まではそれを仕方ないとしていたけれど、自分が薬草を生み出していたなら
こはるは喜んでくれていたのにと考えずにはいられなくて。


「まぁ、ここで薬草を見つけることができれば
あの子は同じように笑顔を見せてくれるんだろうけど…」


駆がこはるに対してそうであるように、彼女にもこちらの一挙手一投足で
喜んだり驚いたり悲しんだり、様々な感情に溺れてほしいと
どんな理由でも良いから、こちらに夢中になってほしいと願っていた。

だけど、彼女は自分を過小評価し臆病になってしまうところがある反面、
自分の心に素直な人だから、惹かれるものがあれば迷わず飛んでいくだろう。
駆がちょっと目を離した隙に手の届かない所へ行ってしまう、危うい存在。


「こはる?こはる、どこにいるんだい?」


少し考え事をしていた今だってそうだ。
駆から見える場所で草の根掻き分けていたはずのこはるが
気が付いたときには、その気配すら消してしまっていた。

焦りを含んだ若芽色の瞳に映るは
ちょうど半分に広げられた状態で残された図鑑だけ。
こはるが持っていたそれを拾い上げた駆は愈々心配になって
彼女を探し始める。


「こはる!」


村の周りは人の手が入っていない地が続くばかりだという薬舗主の言葉通り。
歩いても歩いても、緑と青で塗り潰された景色から抜け出せず。
同じ場所をぐるぐる回っている錯覚に陥りそうになっていた駆だったが
何にでも、終わりというものは必ずあって。それは唐突にやってくる。

探していたこはるの姿とともに見えてきたのは、
何者かに踏み荒らされたみたいに一部分だけ植物が枯れ果てた地。
そこに一輪だけ咲いた歪なくらい美しい深紅の花は
作り物と疑わせる均等な花弁が大きく広がり、
まるで優雅に躍るドレスの裾のようであった。


「こはる、ダメだ!」
「駆くん?」


駆はその花を知っていたわけでも、
能力で目利きをしたというわけでもなく、
ただぼんやりと、美しい花が毒を持っており
それが周囲の植物を枯らしてしまったのだと感じ取った。

駆のこういった予感は決まって当たるから
その花へ愛しい彼女が歩み寄って行く姿にひどく慌てた声を上げてしまう。


「見てください、駆くん。とても綺麗です」
「こはる、その花に触ったらダメだ。それにはきっと毒がある」


駆け寄って伝えた言葉に、こはるは大きな瞳を瞬かせ驚きを見せていたが
次の瞬間、なぜかクスクス可笑しそうに笑みを零し始めるから
今度は駆が驚く番だ。


「こ、こはる…?」
「大丈夫ですよ。確かにこの花には毒がありますけど…
無暗やたらに人を傷つけたりなんてしません」


だから、綺麗なものは綺麗だと言っていいのだと、
こはるは真っ赤な夕焼けのようなそれに触れてみせた。
この花のことについて詳しく知っているらしい彼女の話をよくよく聞けば
毒があるのは根の部分だけ。
土に毒が触れることで周囲の植物を枯らしてしまうのだ。
しかしそれは根が細く他の植物に劣っていたそれの進化の形。
凄いことなのだと彼女は言う。

それでも、駆がその言葉を素直に受け取ることができなかったのは
彼の心にも毒が宿っており、それを彼自身が恐れ嫌っているからなのだろう。


「私、毒を持つ植物について調べたんです。
確かに毒が悪い影響を及ぼすことはあるのかもしれません。
だけど、良いところや頑張っているところも必ずあるはずだから
全てをひっくるめて一番強く感じた想いを大事にしたいと思いました」
「こはる…それって、俺のことを言ってくれてる?」
「え、と。それもあるかもしれません…余計なお世話でしたか?」
「いや。どうしてかな、君の言葉は自然と心に溶け込んで
俺の光になるんだ…嬉しいよ。本当に」


毒について真剣に受け止めてくれていたこともそうだが
毒を補う何かがあると言われていることが嬉しくて。
「ありがとう」と柔らに微笑んだ駆に対し、
こはるは頬を赤く染め、少々ごもった返事をした。

照れているらしい彼女を見ていると
遠くに咲いていた花弁がひらり手の中に落ちてきたような
満たされた感覚に包まれ、いじけた自分が小さく萎んでゆく。


「俺さ。自分ばっかり、こはるのことを好きな気でいたんだ」
「そ、そんな。私だって駆くんに負けないくらい駆くんのことが好きです」
「うん。そうじゃなきゃ、こんなに顔を赤くしないよね」
「うぅ…そう改めて言われると恥ずかしいですね」


彼女の頬を突いて示したなら、みるみるうちに赤みが増してゆく。
触れたそこから伝わる熱はまるで毒のように全身を侵食するようであったが
不思議と嫌な感覚ではなく。駆はそれを享受した。







END



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