No winter lasts forever; no spring skips its turn.
鷹斗→←撫子
壊れた世界


寂しい、と手の平に落ちた感情。
じんわり溶けていくそれを見つめながら
暫く鷹斗の姿を見ていないことを思い出す。

最後に彼と会ったのは、今日のような重たい雲のカーテンがしかれた昼下がり。
小腹が空いてきた頃を見計らってか、
ティーセットがのったワゴンを押してやってきた鷹斗は
得意満面な笑顔で『一緒にお茶しない?』そう言って
甘い香立つ紅茶と雪結晶の形をした和三盆を目の前に置いた。

『暦の上ではもう冬なのね』
『そうだね。でもどうしたの、唐突に…』
『いいえ…ただ――』

紅茶独特の渋みが残る舌の上に放り込んだ和三盆は触れる熱でじんわり溶けて
紅茶の風味を消さない程度に上品な甘さが広がる。
僅かに残った甘い欠片に歯を立てればしゃりっと伝わる感覚が小気味良い。

皿の上にまだ幾つか残る雪を暫く眺めて、ぽつり零した言葉と
それを聞いた鷹斗の反応を含め、思い返していたところで
不意に、撫子を現実へ引き戻そうとするノックの音が飛び込んでくる。


「撫子。今、少し良いかな」


こちらの返事を待たずして開かれる扉。
それについで文句の一つでも言ってやろうかと思ったが
隔たりを失くした先に見えた鷹斗の表情に少し焦りが含まれている気がして。

何も言えなくなる撫子に対し、鷹斗は無遠慮に近付いてくると
「一緒に来てほしいんだ」そんな言葉とともに
いつになく強引に彼女の手を引いた。


「ちょっと、鷹斗?」
「…」
「まずは何処に行くのか、説明してくれない?」


答えを求めても笑顔で交わされるばかり。
そうしているうちに2人の間に言葉はなくなって、
無機質な廊下にそれぞれの足音が響くだけとなる。

普段、あまり部屋の外を出歩かないこともあり、
彼が目指す場所の検討もつかなかったけれど
長い廊下を進んだ先、認証コード付きの重々しい扉が見えてくると
見覚えのあるそれに胸が騒いだ。


「鷹斗…あの」
「それじゃ、開けるよ」


撫子がこの先にある世界へ行くことを
彼は避けたいとしているのだとばかり思っていた。
だから声を掛けたというのに
鷹斗は相変わらず撫子の戸惑いに気付かぬふりで
幾つかのコードを入力ののち、ドアノブに手を伸ばす。

撫子は少しの警戒をもって押し開かれる扉を鋭い視線を向けていたが
刹那、扉が開けきらぬうちから伝わる冷たい空気と
その先に広がる薄暗さが残るぼやけた景色に、瞳が瞬いた。


『いいえ…ただ、雪が見たいと思ったのよ』


決して冗談で言ったわけではないけれど、強く願ったわけでもなくて。
雪の形をしたお菓子と冷えた身体を温めてくれる飲み物から生まれた
小さな感情だった。

それこそ、その時だけのものとして口の中で溶かして良い話。
それを今まで大切に仕舞って、実際に叶えてしまうとは。

全身を覆うような冷たい空気の中、ふわりふわりと落ちてくる雪に
世界を巻き込むようなことを安易に言うべきではないと居た堪れなくなりつつも
つい「綺麗…」なんて言葉を白い息とともに零してしまう。


「撫子、気に入ってくれた?」


季節というものを失くした世界に
たった数日のうちに雪を降らせてしまった。
それが自分のためであるという否定しようのない事実に
喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、混乱して言葉に詰まる。

そんな撫子の反応を鷹斗は特に気にした様子もなく。
自身が羽織っていた赤いマントを撫子の肩に掛けると
「ごめん、意地悪なこと聞いた」そう言って、力なく笑う。


「俺が勝手にやったことだから、撫子は気に病まないで。
況して、お礼なんていらないから」


最初、鷹斗がどうしてそんなことを言うのか分からなかった。
撫子が雪を見て喜ばないこと、
自分が余計なことを言ったせいだと考えてしまうことを
分かっていながら、雪を降らせた理由。

突然降り出した雪に、そこにいた人々が
皆一様に空を見上げているのを見て、何となく分かった気がする。


「今、私たちのことを気に留める人なんていない」
「撫子?」
「鷹斗ったら、私と外に出るといつも周囲を警戒して落ち着かないから」
「うん…言ったでしょ?俺は勝手なんだ。
撫子と2人、同じ空を見上げて少しでも気持ちを共有したい。
君が雪を見たいと言った瞬間に俺が願ったことだよ」


自嘲交じりに告げられるそれに撫子は少しの困惑を見せると
肩に掛けられた温かなマントを強く握って
再び、視線を雪がちらつく空へ向ける。


「鷹斗は、雪を綺麗だと思えたの?」
「…どうかな」


言葉を流すような、本心を暈すような、
困ったような笑みを交えたそれを鷹斗はよく見せる。
大事なことを誤魔化されている気がするけれど
突っ込んで聞いて良いものなのか分からない撫子は
そういう時に決まって、彼の瞳の奥を探ろうとじっと見つめてしまう。

そして、その真っ直ぐな眼差しは鷹斗にとって深く心に刺さるものらしく
今回も数分と経たぬうちに観念したとばかりの溜息が吐かれる。


「綺麗だよ」
「…」
「だけどそれは、撫子が雪を見て
綺麗だって言ってくれたからだと思うんだよね」
「私の言葉は関係がないと思うけど」
「大有りだよ。俺は撫子を通してでしか世界を見られないから…
君が宿したままに感情を受け取るし、君の言葉は絶対のものになるんだ」


何だか既出感のある答えだと思いながらも
ふわり手の中に落ちてくる雪が解けてゆく様に彼を重ねて、胸が痛む。
そうして残ったのは寂しいという感情で。
やっぱり、鷹斗は勝手で、何も分かっていないと思う。


「私だって、鷹斗が感じていること、想っていることを知りたいと思うわ」
「俺は撫子のことだけを想っているよ」
「それは、鷹斗が気付いていないだけよ」


否定も肯定もできない、困った顔。
納得したくないと頑なになっているけれど、安堵や喜びは隠しきれず。
いつも穏やかな彼らしからぬ様子に撫子はふと肩の力を抜き、
落ち着かない鷹斗の表情をどこか楽しそうに覗き込む。


「撫子、どうしたの?」
「いいえ、ただ…雪はいつか解けてしまうけれど、
鷹斗の中に降り注ぐ感情は積もってゆくのだと気付いて、嬉しくなったのよ」


様々な形や色をしたそれはいつか春を呼ぶはずだから。
そんなことを話したなら、鷹斗はやっぱり困った顔をしたけれど
頬はほんのり桃色に染まっていた。






END



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