壊劫

05.微睡む世界



意識が浮上するのを感じながら、薄らと瞼を開けると
窓から差し込む日差しの眩しさに夢の中へ引き返したくなった。
しかし、ふんわり漂う珈琲の香りや
自分のものとも病院のものとも違うベッドの柔らかさに
ここがイッキの部屋であることを思い出したなら
いつまでも寝ているわけにいかず。

慌てて身体を起こすと、シーツの擦れる音が大きいと感じるほどに
部屋の中が静まり返っていることに気付いた。
イッキの姿が見えないこともあって、
広くて冷たい部屋に一人取り残されたような気分になる。
サイドテーブルに置かれた時計はもう昼といっても良いくらいの時間を指している。
そして、その針は刻々と進んでいるというのに
自身の感覚としては世界が止まっているような気がするから不思議だ。


「イッキさん…?」


彼の名前を呼ぶも返事はなく。心細さを抱えたままベッドから出れば
すぐ傍のローテーブルに食事と手紙が置かれているのが目に付いた。
すっかり冷めて固くなったパンケーキに構わず、手紙を手にする。

そこには男性が書いたにしては品のある文字で
大学とバイトに行くこと、帰りは夕方になること、
外出さえしなければ好きに過ごして良いこと等々と
昨夜、イッキに言われた通りのことが丸々書かれていた。
そのことをすっかり忘れていた自分が言うのも何だが
ここまで親切丁寧に記さなくても良いのにと思ってしまう。

そして、他人の部屋に1人きりでどう好きに過ごせというのだろうと甚だ困る。
そんなことを考えて広い部屋を見回したところで
ふと今自分は1人きりであることを強く意識して、妙な息苦しさを覚えた。

壁が迫ってくるような逃げ場のない焦りと
どこからともなく囁き笑う声が聞こえてきそうな予感。
それがただ怖くて、無意識にイッキを求めてしまう。


「私…どうしたんだろう」


病院で目が覚めてからここまで、
まるで他人の身体を借りているかのような違和感だらけの自分に対し
どうにか冷静を取り戻そうと呟いてみたところで
不安に満ちた声が反響するばかり。余計に嫌な印象を受けてしまう。


「こんな時…が、いてくれたらな」


イッキではない誰かを頼るように口にした言葉だったが
肝心の誰かが曖昧な状態であることに気付く。
ずっと、傍にいて支えてくれていた人。
あの時も彼は一緒にいて、必死に助けようとしてくれていた。

そこまで思い浮かんだところで
まるで思い出すことを止めるように鋭い頭痛に襲われ、
そのまま、何か恐ろしい記憶を幸せな夢で上書きするみたいに意識は薄れていった。







To be continued…


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -