壊劫

06.閉ざされた世界



大学にバイトにと息もつけない忙しなさが気にならないくらい、
彼女のことを気に掛けて一日を終えたイッキが駆け足で帰宅すると
ドアを開けた先に先日贈った文鳥と戯れる彼女の姿があって。
まるで絵画を見ているような気にさせる淑やかな光景に、思わず息を吐く。

毎回、玄関のドアを開けるときは
彼女が部屋にいなかったらどうしようと不安いっぱいであるため
彼女を額縁の中に閉じ込めておけたら良いのに、なんて考えることもあるが
イッキの気配に気付いて振り向いた彼女に「イッキさん、おかえりなさい」と
出迎えられては邪念が心の隅に追いやられてしまう。

例え、不本意であったとしても彼女がここにいて当たり前に出迎えてくれる。
何とも満ち足りた気分で「うん。ただいま」と返しながら
彼女へ歩み寄ったイッキは今日も一日、部屋で大人しく待っていたご褒美として
A4サイズより少し小さいくらいの紙袋を差し出した。

甘いお菓子でも暇つぶしの本やDVDとも違うそれを
不思議そうに受け取った彼女は恐々と袋の中を覗き込み、
のちにハッと息を呑んで、イッキを見上げる。


「携帯電話、ですか…!」
「うん。本当はもう少し君の体調が良くなってから
一緒に買いに行くつもりだったんだけど…
いざという時に連絡が取れないと不安だから」
「契約とかも全部、イッキさんがしてくださったんですよね…」
「あぁ、うん。とりあえず、電話とメールが使えればいいと思って適当に選んだから
機種とかプランとか、気に入らなかったらまた今度変えに行こう」


安心付けるように言ったものの、
彼女が気にしているのはそういうことではないと、イッキは気付いていた。
何もかもやってもらって申し訳ないといった表情の彼女に
どうにか喜んでもらいたくて、携帯を袋から出すように勧めるも
促されるままに袋から箱を取り出し、
その中に入った新品の携帯に触れる彼女の手つきは
まるで他人のものを扱うみたいにぎこちない。


「あの、データが入ってないみたいなんですけど…?」
「ん?あぁ…壊れた携帯のデータが復元できなかったみたいなんだよね。
とりあえず、今は僕の連絡先だけ登録しておくから…ほら、貸して」


携帯があってもイッキ以外との繋がりを持つことができないのでは意味がないと
分かりやすく落胆する彼女に気付かぬふりして携帯を受け取ったイッキは
説明書なんて見向きもせず手慣れたふうに操作する。

その様子を興味なさげに見つめていた彼女だったが
一件の登録を済ませた携帯を返すと
「ありがとうございます」そう言って受け取るから
感情の籠もっていない声に、つい苦笑いが零れた。


「ほら…そんな寂しそうな顔しないで」


君には僕がいるじゃない、そう伝えたかったけれど
次の瞬間、弾かれたように顔を上げた彼女は
「そういえば、イッキさんはサワの連絡先を知らないんですか?」なんて
期待に目を光らせて問うてくるから、少しの憎悪が掠める。


「…知らないよ」
「でも、荷物の件をサワに頼んだって」
「言ったでしょ。サワちゃんも君のお見舞いに来てくれてたって。
だから何度か顔を合わせることがあって、その時に頼んだんだよ」


いつになく冷たい物言いになってしまったが今言ったことは全て本当のことだった。
連絡先を交換する機会は何度となくあったけれど
カノジョの親友、親友のカレシと互いに距離感が掴めずにいたことに加え、
何よりも2人にとって目を覚まさぬままの彼女だけが気掛かりで、
周囲に構っている余裕はなかったのだ。


「そうですか…それじゃ、暫くこの携帯はイッキさんとの専用ですね」


何となく重たくなった空気を変えようとしてか
彼女は両手に持った携帯へ視線を落とし、明るい調子でそう言うと
「暇さえあればイッキさんに電話を掛けるかもしれませんよ」なんて
分かりやすく冗談を言うから、イッキは望むところだとして笑顔で答える。
彼女の言葉一つでこうも簡単に笑えてしまうから、我ながら単純だ。

のちに、待ち受け画像にするのだと言って
携帯のカメラで文鳥を撮り始める彼女をぼんやり見つめながら
イッキは電波の届かない閉鎖された空間に一先ず安堵するのだった。







End


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