壊劫

04.光探しの世界



彼女と迎える初めての夜はロマンティックなものに成り様がなくて。
彼女の恋人でいられたなら薄明りの元で一緒に寝ようと甘く囁いて、
あわよくば、同じ布団で朝を迎えられていたかもしれない。
そんなことを床に敷いた新品の布団の上で考える。


「あの…イッキさん」


邪な考えが漏れてしまっていたのだろうか。
『心配しなくても、別に寝るし何もしないよ』という
イッキの言葉に安堵していたはずの彼女は再び緊張の色を見せ、声を掛けてきた。

できるだけ、寝間着姿の彼女を直視しないようにしていたが
真剣な声音を背中に感じたなら振り向かないわけにもいかず。
「どうかした?」といつも通りを装って返事をしたなら
ベッドの上の彼女は言い難そうに視線を落としてしまう。

ここで、やはりイッキのことを信用できないと言われたら
自分のことが心から嫌いになりそうで。
イッキは彼女の言葉を促すこともできず。
彼女が話す決心がつくまでの長い長い時間をただ待っていた。


「え、と…お願いがしたいことがあって」
「うん?」
「私が寝るまで、電気を付けたままでいてもらっても良いですか?」
「え…?」


まるで暗闇が怖い子供のような可愛らしいお願いに一瞬、呆気にとられてしまったが
必死に伝えてきた彼女の心情を辿れば本当に暗闇を怖がっていることが分かる。
そして、イッキにはその理由について心当たりがあった。

そこからくる焦りから、彼女との距離を強引に縮めてベッドに腰掛けたなら、
彼女はその勢いに僅かな怯えを見せるが、イッキは気遣う余裕なく。
「暗いところが嫌なの?それっていつから?」と不躾に問う。


「え、と…病院で目が覚めた日の夜。
消灯時間になって電気が消えると、とにかく怖くて…
それから毎晩、私の病室の明かりは付けたままにしてもらっていました」
「他には?怖いと思うものはある?」
「…女性の笑い声と1人の空間も、怖いというか嫌な印象があります」


あの夜を覚えていなくても、恐怖は深い傷となって残ったまま。
そのことに今になって気付いたことを含め、
自分はどうしてこうも配慮が足りないのだろうと先行きが不安になる。

いつの間にかベッドの隅に縮こまってしまった彼女に対し
イッキは安心付けるために優しく微笑みかけると
部屋をぐるりと見回し「この部屋と廊下の明かりを付けておこうか」そう言った。
途端、彼女は安心したように肩の力を抜き、
「ありがとうございます」とぎこちなく笑みを返してくれる。

自分の言葉一つで彼女の表情が色を変える。
彼女が自分の物であるかのような優越感に浸ると同時に
安心付けるために頭を撫でてあげたい、
怖がらずに眠れるように手を繋いでいてあげたい、という思いが掠める。


「あ〜、だめだめ。不安に浸け込むようなことはしたくない」
「あの…イッキさん?」
「っ、ごめん。もう寝ようか」
「はい。あ、えと…イッキさん」
「あぁ、うん。布団に戻るよ」


ベッドの隅に寄ったままの彼女が警戒するような眼差しであったため
少し残念ではあるが、素直に自分の布団に戻ることにする。
約束通り、電気を消さずに寝る体勢になったなら
やっぱり少し眩しくて、寝難いなと思ってしまうが
元々、彼女の気配を感じながらゆっくり眠るなんてできなかっただろうし
彼女が気を張らずに眠れるよう、目を閉じておくくらいの努力に留めようと思う。


「イッキさん…寝難くないですか?」
「少し眩しいけど、すぐ慣れると思うよ。君は?眠れそう?」
「明かりは良いんですけど…ただ目が冴えていて」
「う〜ん、まぁ。慣れない部屋だし、嫌いな男が傍にいて
何もしないなんて言葉を信じられる保証もない。落ち着けるわけないよね」


その言葉に何か思うことがあったのか
彼女ははっと息を飲んで、ベッドに沈めていた身体を起こす。
シーツがざわざわと擦れる音がやけに耳に付いたが
イッキは目を開けることはしなかった。


「私、イッキさんのことが嫌いだって言いましたか?」
「ん〜、直接は聞いてないかな。でも、何かと避けられてたし
僕に対する態度はいつも余所余所しくて、嫌われてるんだなって思ってたよ」
「…そこまで、あからさまにしているつもりはなかったんですけど。
失礼な態度をとっていたなら、すみません。でも…」
「僕の恋愛を軽く見るような考え方が嫌いなんだよね」


彼女の言葉を奪うようにして言えば、
見透かされたことに驚いたらしい彼女は
暫しの沈黙ののち「はい」と小さく答えた。

そんな彼女に、自分が間違っていたことに気付き、
真実の愛を知ったことを信じて欲しいと思う。
そして、その相手が彼女であることを信じてもらいたいと願う。


「君だけが僕の考え方を指摘して、気付かせてくれた。
だから僕はちゃんと改めたよ。君を心から愛するって誓ったんだ」
「3ヵ月後も変わらずに、ですか?」
「え…」
「イッキさん、女性とは3ヵ月しか付き合わないって言っていましたよね」
「うん…女の子とは楽に付き合いたくて、僕が決めたルール。
でも、ファン…っ、じゃなくて、僕に好意を持つ女の子達にも浸透して
いつの間にか、引っ込みがつかない状況になってたんだ。
でもね、君が僕を受け入れてくれたなら、永遠に愛し抜く覚悟があったよ」


一瞬、FCのことを口にしそうになって慌てたイッキに対し
彼女は特に気に留めることなく「そうですか…」と一言溢して
何やら考え込んでしまった。

ここまでの話をすぐに信じてもらえるとは思っていない。
3ヵ月という期限がなくなった今、時間を掛けていきたいところだが
彼女がいつ離れていくか分からない焦りも感じている。
どのくらいの速度で進めばいいのか、分からないから困る。


「私はその言葉を信じて、イッキさんの告白を受け入れたんでしょうか…」
「それは違うかな。告白した時、僕はまだ君に本気じゃなかったんだ。
“興味があるから付き合いたい”なんてバカなことを言ったくらいだし」
「…それで私が受け入れたとは思えません」
「あの時は、君も僕に興味があったから受け入れてくれたんだって思ったけど
よく考えると“好きじゃなきゃ付き合っちゃいけないの?”
なんて言った僕を君は快く思わなかったはずなのに
どうしてあんなに哀しげな表情で受け入れてくれたんだろうね」


彼女はいつだって自分の意思を持っていた。
嫌いなものは嫌い、言いたくないことは言わない、
熱に浮かされることなく自分の信じた道を行く彼女は
イッキにとって厄介で。今まで何度、驚き悩まされただろう。

彼女が突然、FCに入ったことや8月から態度が変わったことは勿論。
普段のデートや、些細な会話でも思い通りにいかないことが多々あって。
歯痒く思う一方で、新鮮で楽しいと思ったりもした。


「僕はまだ君の全てを理解できていないけど…
そのことを含めて、君に惹かれてしまうんだ。
君のことが知りたくて、君と離れたくなくて、どんどん深みに嵌っていく」
「…」
「ごめんね。こんな重たい話になって…
これじゃ、君の知りたかった答えになってないよね」


忘れられた過去の答え探しなんて止めよう。
「さぁ、もう寝な。眠れないなら目を閉じるだけでも良いから」と
イッキが声を掛けたなら、彼女はもぞもぞと布団の中に戻っていく。
そののち、訪れた沈黙は過去を想う重い空気に溶けて
夜は更けていくのだった。






End


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -