Masquerade

04.オモテト



美味しそうな匂いに誘われ厨房を覗くと
食事担当のシンとトーマが慌ただしく夕食を作っていた。
女性陣を差し置いて2人は料理が上手いらしい。
「手伝ったほうが良いよね」というオリオンの言葉に頷いてはみたが
シンが手にしたフライパンから炎が上がり、
驚いてしまうような自分に何ができるのだろうかと足踏みしてしまう。

フランベにより、ほんのり香ばしい酒の匂いが漂う厨房を
カウンター越しに見つめていると
不意にティーカップを持ったトーマと目が合って、手招きされた。
まるで細い糸に引かれるようにしてカウンターへ歩み寄れば
「これ、ダイニングルームに運んでくれる?」という言葉とともに
珈琲の苦い香りが付いた湯気の立つカップを渡される。

真っ暗な水面に映るこちらの戸惑いに気付いたのかトーマは表情を柔らかくして
「イッキさんとケントさんがいるから、適当に渡してすぐ戻っておいで」
そんな言葉をくれた。

よく分からないと首を傾げれば、オリオンも同じことを思ったらしい。
「適当って、それが一番難しいよ」と困ったような声があがる。
しかし、オリオンの言葉がトーマに届くわけもなく
一応これも手伝いになるのなら、という気持ちで
水面に映る表情をそのままにダイニングへ向かうことにした。


壁を一枚隔てただけだというのに
厨房の騒がしさを一切遮断したダイニングは穏やかに夜を迎えようとしている。
夕日が残していったような温かな間接照明に浮かび上がったそこには
トーマの言った通りイッキとケントの姿があって。
楽しげに談笑しているところを見ると
どう入って行こうかと緊張でカップの水面が揺れた。


「2人とは親しくしていたのかもしれないけど、
一応、宿泊客だし…それらしく接したほうが良いかもね」


オリオンの言葉に頷き、幾つかの選択肢から適当な言葉を選ぼうとしたのだけれど
決定ボタンを押す前にこちらに気付いたらしいイッキが
「あ、珈琲。君が持ってきてくれたんだ」なんて声を掛けてきたため
咄嗟にオリオンへ視線を投げて助けを求めてしまう。

すると、オリオンはとにかく2人のところに行こうと背中を押してくるから
その言葉に従って2人がいるテーブルへ歩みを進め、
「お待たせしました」なんて、ふと頭に浮かんだ言葉を口にしながら
2つのカップをそれぞれ飲みやすいように置いた。

そののちトーマが言った通り、すぐに厨房へ戻りたかったのだが
「何だか新鮮だな」と物静かな印象だったケントが口を開くから、
まるで蛇に睨まれてしまったかのようにぴたりと動けなくなる。
何か返したほうが良いのだろうかと考えてはみたが言葉は見つからず。
そのまま口籠っていると、代わりにイッキが「そうだね」と相槌を打った。


「メイド服姿でご主人様って言われないと、物足りないよね」
「なっ…別にそうは言っていないだろう」
「え、違うの?まぁ、確かに今の状況のほうが親近感があって良いかな」
「だからなぜ君は私欲を混ぜ込もうとする」


2人の会話は終わりが見えない。だけど、それで良いのかもしれない。
彼らの声を聞いているとぼんやり意識が遠退いていき、
何となく自分の大切なものが見えてきそうな気がしたのだ。

そして、次の瞬間。見知らぬ情景が目の前に広がり、
オリオンはこれを記憶の断片だと言った。


『お帰りなさいませ。ご主人様』
『ねぇ。具合でも悪い?』
『い、いえ。大丈夫です』
『じゃあ、嫌なことでもあったとか。もしかして、あの子たちに何か言われた?』
『イッキュウ。少し落ち着いたらどうだ』
『だって実際…』


イッキの言葉に手を伸ばした瞬間、消えてなくなる。
彼は何を言おうとしたのか、手を伸ばそうとしたところで
カップや椅子によってたてられた物音と
「ねぇ、どうしたの!」という慌てた声が遠くから聞こえてきた。

のちに「君!しっかりして」と心に直接呼びかけるようなオリオンの声で
現実に引き戻されると、今自分がイッキに支えられていることを知る。
意識が過去に向いているせいか足元がふらふらするけれど
「ねぇ、君。少し休んだほうが良いんじゃない」と
不安に揺れる青い瞳に射抜かれた瞬間、漸く地に足がついたようだ。

肩に添えられたイッキの手をやんわり断りながら「大丈夫です」そう伝えれば
イッキと傍らに立っていたケントは困ったように顔を見合わせた。
その光景が思い出したばかりの記憶と重なって
あのあとイッキは何を言おうとしたのか、
思い出したいような少し怖いような不思議な感覚に襲われてしまう。

そんな中で、ふとイッキがこちらを向いて手を伸ばしてくるから
訳が分からぬまま恐怖を感じて、思わず目を閉じた。
次の瞬間、額に冷たさが伝わり「ん〜、少し熱いかな」という呟きが触れる。
おずおずと瞼を上げれば、思ったよりずっと近い距離にある青に
吸い込まれそうになった。

額に手を当てて熱がないか確かめているという行為は理解できるが
どうしてそこまで心配してくれているのかは分からず。
「君に気があるんじゃない?」なんて冗談めかしに言うオリオンに対し、
ただ瞬きを繰り返した。


「やっぱり、ぼーっとしてるね…部屋まで送るよ」


イッキの物言いからして、いつもの自分なら額に触れられた時点で
何らかの反応を見せていたのかもしれない。
部屋に送ると言われ、オリオンと揃って戸惑いの声をあげるのに構わず
イッキは「ケン。誰か来たら言っておいてくれ」と話を進めている。

記憶が戻って少し重くなった身体をイッキに抱かれ、
促されるがままに歩き出せば「2人きりになって大丈夫かな」なんて
不安げなオリオンの声が聞こえた。






To be continued…


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