Masquerade

03.タソカレ



彼女に山荘を案内してくるとトーマが部屋を出て行ってもう随分経った。
最初はシンも付いていこうとしたのだが、トーマに痛いところを突かれてしまい
仕方なくベッドの上で参考書を眺めていた。
しかし、端から集中なんてできず。気晴らしにと部屋を出る。

階段を下りた先で、息を切らしたオーナーと会い、
トーマに用があるのだけどと相談されたため
2人を探す理由も決まり、揚々と広い山荘内を歩き回ることもできる。
温かな雰囲気のダイニングルームや使い勝手の良さそうな厨房、
洗剤の柔らかな香りが漂うリネン室まで見て回り
こんなことなら、最初から2人に付いていけば良かった思ったところで
ふと窓の外に広がる庭園が気になった。

慰安旅行で訪れた際、彼女が庭園を気に入っていたことを思い出すと同時に
今もあそこにいるのではないか、そんな予感がして。
導かれるように外に出ると、冷たい風が赤い花弁を連れて吹き抜けて
思わず目を閉じる。

ざわざわと騒がしかった空気がおさまり
薄ら瞼を上げれば光に目が眩むが次第に視界は開けていき、
間を置かずして、ベンチに座る人影を見つけた。
それが探していた彼女で、眠っているらしいことに気付くと
安堵と呆れ半々、わざとらしく足音を立てながら歩み寄る。
その際、辺りを見回してトーマの姿を探したが見つからず。
自分より先にオーナーに会って、
どこかで話でもしているのだろうと結論付けた。

トーマが眠った彼女を1人残していくわけがないため、眠りは浅いはずだが
起きるよう声を掛けながら肩を揺すっても、その瞼は開かない。
このまま目を覚まさないのではないかなんて
少しだけ不安に思ってしまったが零れる寝息は穏やかで
それなら暫くこのままにしておこうと、彼女の隣に腰掛ける。


「ていうか、無防備すぎ。
んな、可愛い寝顔さらして…襲うなって言うほうが無理だろ」


本心ではあったが、声にしたことを少しだけ後悔。
理性を保つ自信がないことに加え、気恥ずかしさもあってそっぽを向くも
追い打ちをかけるように彼女が肩に寄り掛かってくるから
「マジかよ…」と情けない声が零れた。

このままの体勢も悪くはないけれど
左腕に痺れを感じ始めるとそうも言っていられず
仕方なく空いているほうの手で肩を揺らして少し強引に起こせば
彼女は暫く現実と夢の間を彷徨っていたが
程なく、現実に戻って来ると「シン…?」なんて不思議そうに呟いた。

寝起きでぼんやりしているのかとも思ったが
記憶を失くしてからずっとこんな調子であることを思い出し、
彼女にこちらの声が届いているいないに構わず
「こんなところで寝んなよ。無防備すぎ」なんてことをつらつら口にすれば
彼女は首を傾げたまま、自分の置かれている状況を考えているようだった。
元々、自分のことに無頓着で危なっかしいところがあるが
記憶を失くしてからは余計に自分や周りのことに関心が薄れているのだろう。

諦めて「それに、今日は風も冷たいし…体調崩したらどうすんだよ」と
当たり障りのない言葉を付けえ加えれば、
彼女は漸く理解したらしい。反省したように俯いた。


「とりあえず、戻るぞ」


立ち上がる序でに掴んだ彼女の手はひんやりと冷たかった。
本当に風邪でも引いたらどうするのだというこちらの心配をよそに
彼女は手を引かれてもベンチから立ち上がろうとはせず、
何かを言いたくても言えない、そんな表情を浮かべている。

気持ちを分かってあげられるほど、器用ではないし
話してくれるのをじっと待っていられるほどの余裕もない。
半ば急かすように「何?」と声を掛け、固く閉じられた口元を緩めてやれば
彼女は遠慮がちに「もう少し、ここにいたい」なんて
珍しく自分の意思を伝えてきた。


「は?何で?何かあるわけ?」
「…夕日が見たくて」
「夕日?」


その言葉に空を見上げれば、夕日色に輝く庭園に感動していた彼女を思い出す。
そのことをトーマも覚えていて、彼女に話をしたのだろう。
真剣な眼差しからは夕日への期待が窺えて、
仕方ないなと溜息交じりに上着を脱ぎ、冷えた身体に掛けてやる。

突然の行動に対し、戸惑う彼女に羽織っているよう伝えれば
少しの間を置いて「ありがとう」という言葉が聞こえてくる。
改まってお礼を言われ照れ臭くなったため
「記憶、取り戻すために協力するって言っただろ」なんて
ぶっきら棒な物言いになってしまったが彼女は特に気にした素振りも見せず
「ありがとう」と繰り返すから、何だか調子が狂う。

早くいつもの彼女に会いたい。
そんな思いを抱きながら空を見上げ、
西に傾く太陽に少しでも記憶が戻ればという期待を込めた。






End


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