レヱス模様ニ戯レテ
鴎外×芽衣
明治残留ED


鹿鳴館での夜会に招かれるくらいだ。
集まった面々が社交慣れしているのは勿論。
紳士諸君は淑女への扱いも心得ているわけで
レディが困っていたなら助けるというのは至極当然のことである。

斯くいう鴎外も愛する少女との出逢いは鹿鳴館。
一人追い詰められた様子の彼女を放っておくことができず
親切心と、ほんの少しの好奇心により声を掛けたのが切っ掛けであった。

近しくなった今になって思うは、
弱く儚げに見えた少女が実はそうではなかったということ。
芽衣はどんな相手にだって臆さず、自分の意見を言うことができるし
一人突っ走って無茶をしようとする。
そうかと思えば、周囲の悶着には我関せず。呑気に構えている。

一歩間違えば、身を滅ぼすやもしれん器用なようで不器用な生き方。
そんな彼女だからこそ、放っておけないとか、守りたいとか、
庇護欲をそそられるのかもしれない。
そして、それは鴎外だけが感じていることではないらしい。


「ちょっと、話を聞いておりまして?」
「あなたみたいな知性も品性もない方がよく森様の隣を歩けたものね」
「森様だけではなく、この場にだって相応しくないわ」


少しでも、官僚らと話し込んでいるふうに見せたらコレだ。
離れたところにいるとはいえ、鴎外が芽衣から注意を逸らすわけがない。
そんなことも分からないような連中だから、無意味であることにも気付かず
芽衣をいびり、鴎外との仲を引き裂こうとしているのだろうと
諦め半分な心情とは裏腹な、殺気に満ちた瞳で彼女らを睨んだ。

対して、芽衣はすっかり慣れたといったふう。
青空を飛ぶ鳥が籠の中で騒ぐ鳥を憐れむように、
吐き捨てられる言葉を自分の世界では理解し得ないものとして
ただ悲しい感情を受け止めているのかもしれない。
そしてそれは、真実の愛の前では権力、財力など
何の意味も持たないということをまざまざと示しているようであった。


とはいえ、婚約者がいつまでも非難されていては気分が悪い。
鴎外は官僚との会談を早々に切り上げ、芽衣のもとへ向かうことにしたのだが
向き直った先で、鴎外が少女に声を掛けたように
一人の男がスマートに芽衣を助け出す様が演出されていたものだから
すぐに駆け寄っていくことができなくなってしまった。

今までも、庇護欲に酔った者を目にしてきたし、
それ以上に、彼女の異彩な魅力に惹かれた者を知っているけれど
愛する芽衣が自分以外の男と並んでいる姿を見慣れることはなく。
胸のざわつきが唯々煩くて、鴎外の思考を鈍らせる。


「余計なことをしてしまったなら、すみません」
「いえ。ローストビーフがなくなるんじゃないかって
冷や冷やしていたので丁度良かったです。ありがとうございました」
「ローストビーフ?ははっ、牛肉がお好きなのですか?」


芽衣は誰に対しても平等だ。
相手の地位や家柄なんて気にしたこともないのではないかと思えるほど
媚び諂うことなく、飾り気のない言葉や笑顔をくれる。
そんな彼女に好意を抱く者は少なくないはずだ。
鴎外も自身に張り付いた装飾品に目もくれず、
内面を見てくれる芽衣に何度救われ、恋したことか。


「あなたが落ち込んでいないようで安心しました」
「よくあることですから」
「そうなんですか?」
「私が上手く受け答えできれば良いんですけど…
どうしても皆さんの考える常識が理解できなくて、
ただ悲しいって思うから…不満でも何でも受け止めることにしたんです」


何でも来いといったふうに、胸をどんと叩いてみせる芽衣に
男は目を瞬かせたのち「それで、あなたは平気なのですか?」と
まるで頭を撫でて労わるような調子で問う。

鴎外も聞いたことのないそれに興味があって
二人の間に割って入ることも忘れ、彼女の答えへ耳をそばだてる。


「平気ですよ。例えこの世界に嫌われていたとしても
たった一人、信じてほしいって思う人が信じて傍にいてくれるなら
私は世界を好きになれるんです」


芽衣の答えを聞いた瞬間、駆け巡る想いに背中を押され走り出していた。
花を摘むように、クリームを掬うように、小さな身体を抱き上げ一回転。
ふわりと波立つドレスの裾に二人を取り巻く空気が揺れるよう。


「お、鴎外さん!」
「芽衣、愛している。心から、愛しているよ」
「っ、こんなところで何を言っているんですか!」
「皆が見ている前だからこそ、最高の舞台なのではないか」


また突飛なことを、と戸惑いに呆れを滲ませた芽衣を
周囲に見せつけるように強く強く抱き締めたなら、
嫉妬も不満も悲しみも、全てがぼやけて二人きりの世界になった。







End



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