色見エデ移ロフモノハ
鴎外→←芽衣
28日夜から捏造


花や草木であれば、色褪せていく様が目に見えるけれど
心に咲く花は外目に見えずして色褪せていく。

愛しいと思う気持ちがいつか互いに枯れてしまったら、自分には何も残らない。
永遠を信じるには一ヶ月という期間では短すぎて。
居場所がなくなったとき、明治の世に残ったこと
そして、彼に出会ったことさえも後悔してしまうかもしれない。
それならば美しいままで終わりを迎えるべきなのではないかと思ってしまう。


「僕は、お前を愛している」


甘く掠れたその声に意識を引き戻された芽衣は
ベッドに押し倒された状況を思いだし、身じろいだ。
しかし、それを咎めるように両手を布団に強く押し付けられるから
目の前に迫る鴎外の妖しい瞳にごくりと喉が鳴る。


「お前の記憶が戻ろうが戻るまいが、
お前はずっと僕の隣にいなさい…分かったね?」


頷いてしまいたかった。
けれど、現代に帰るべきだという本来の自分がそれを許さず。
答えもろ共飲み込もうと近付いてくる彼の唇をやんわり押し返す。

のちに、おずおずと見上げた彼の瞳には悲しみの色が見えて
胸をぎゅっと鷲掴みにされるような痛みを感じるも
「ごめんなさい…」と震える声で伝えることしかできなかった。


「なぜ、謝るんだい?」


口づけを拒んだからという理由だけでないことに気付いていながら、
そんなことを尋ねてくる。その表情には悲しみのほかに悟りや諦めが窺えて。
彼にはもう何も失ってほしくないと思う自分が
彼を傷付けているという現実に苦しくなる。

本当は誰よりも幸せでいてほしいと願う相手。
できれば自分と一緒に。2人で。
だけど、永遠を信じるには明治での日々が美しく幸せでありすぎた。
失うことを恐れ、現代という本来の居場所へ逃げたくなってしまう。


「ごめんなさい…私、やっぱり」


帰ります、と震えながらに告げて鴎外の身体を押しのけた芽衣は
そのままベッドから抜け出して窓辺に立つ。
ひんやりと冷たいガラス窓に触れ、その向こうに見える月を瞳に映せば
甘い囁きに酔っていた脳内が少し冷静を取り戻す。


「私は満月の夜に帰るんです」


水に浸っているみたいな重たい動きでベッドから身体を起こし
こちらへ歩み寄ってくる鴎外に、もう一度、はっきりと伝えたなら
彼は「それではまるで、なよ竹のかぐやのようではないか」と
帰したが最後、二度と会えなくなると気付いているかのように呟いた。

芽衣が迷いに迷って決断したのだと気付いているのかいないのか。
どこへどうやって帰るのか問うことも、帰らないよう引き留めることもせず
鴎外は「それは、困ったな…」そう言って
今にも泣き出しそうな顔を隠すように書斎机へ向かう。

そんな彼に掛ける言葉も見つからず。
芽衣は本当にこれで良かったのだろうかと
再び揺れ始める心を現代に引き戻したくて窓の外へ視線を投げた。



「子リスちゃんはシュネーヴィトヒェンを知っているかい?」


唐突に感情のこもっていない声で問われたそれに驚き振り向いた先、
机の上にあったフルーツバスケットから、西洋リンゴを手に取る彼がいて。
貼り付けたような笑みを浮かべた彼に何となく胸騒ぎを感じつつ
ドイツ語と思われる言葉の意味を考える。


「シュネーヴィトヒェンは有名なグリム童話でね。
とある国の王妃が魔法の鏡にこう問うたところから物語は始まる。
鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰か。とね」
「それって…」
「おや、聞いたことがあったかい?」


芽衣の焦りを見透かしたように楽しげに笑んだ鴎外は
真っ赤なリンゴを手に歩み寄ってくる。
手の中で怪しいくらい艶めくそれが毒リンゴであると思いたくはないが
唐突に白雪姫の話題を持ち出した鴎外の心情を辿れば、警戒してしまう。


「お前はかぐや姫などではなく、世界で一番美しい少女だ」
「鴎外さん…」
「そして、僕は宛ら美しい少女を屍体でも構わず欲した王子だろうか」


「どう思う?」と問われるも返す言葉は見つからなかった。
喉が渇いて張り付いたみたいに声は一つも出なくて
ひゅーひゅーと細く呼吸が繰り返されるばかり。

それでも、不思議と逃げ出したいとは思えず。
差し出されたリンゴに視線を落とす。


「どこにも帰さない…この先、永遠にお前は僕のものだ」
「永遠に…?」
「そう、永遠に。それが叶わぬというのなら…
お前が離れていくというのなら、
僕はお前に毒リンゴを贈る魔女になることも厭わない」


屍体を飾り付けてガラスの棺の中へ。
それを傍らに置いて永い時を過ごそうか。

狂った愛に浸されて生まれる永遠。
美しくも悲しい薬漬けにされた花を望み囚われてくれるのなら、と
芽衣は目の前の毒リンゴへ手を伸ばした。






End




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