蜜月ガ魅セル真実
鴎外×芽衣
明治残留ED


言いたいけど言えない。揺れる想いはどちらかに大きく傾くことなく
きっとこのまま、心の中を彷徨い続けるのだろうと思っていた。

言葉にできない理由は信じてもらえないこと
否定されることが怖いからというのが全てではない。
自分にとってタイムスリップは過去のことなのに
言葉にすれば、未来の人間に起こった未来の出来事だと位置付けられる。
一本の時間軸に纏めるには複雑で曖昧。
芽衣自身、正確に理解できていないそれを話したところで
相手を困らせてしまうだけだと分かっているから。

それでも、胸に秘めたそれを明かしたい衝動に駆られる時がある。
別に全てを理解してほしいわけではない。
思い出話をするみたいに口にするそれをお伽噺だと思って聞いてほしいだけだ。
そしてその時というのが、あの夜を思わす満月の夜であり。今日である。


「どうしたんだい。子リスちゃん」
「え…?」
「今宵は…いや。近頃、ぼんやりしていることが多いではないか」
「そうでしょうか」
「満月がお前の笑顔を奪っているのなら、空にカーテンを引くのだが…
どうやら本質がそこにあるというわけではないらしい」


自身の不安と憂鬱をあまり見せたくないらしい鴎外の
飾り立てたような気遣いに苦笑を浮かべつつ
自室の窓から見える満月へと視線を戻したなら
鴎外は逃がさないとばかりに、背後から抱き締めてくる。

呼吸がし辛いと感じるほどに力の込められた両腕、
毛布のように優しく包み込んでくれる温もりと首筋に掛かる熱い息。
ふわふわと飛んで行きそうだった意識を現在に引き戻されたような気になる。


「時々、お前は月から来たのではないかと考えるのだよ」
「かぐや姫みたいに、ということですか?」
「お前も知っているのかい?竹取物語…僕の好きな日本の物語の一つだ。
だからかもしれないね。月を見つめるお前が書に描かれた彼女と重なるのだよ」


美しくも儚いそれに僕は惹かれるのだと話す鴎外は
とても冗談を言っているようには思えなくて。
本当に芽衣が月へ帰ることを恐れているように見えた。

未来なんて、月のように目に見えるものではない。
幾ら鴎外でも怪訝な顔をするだろうと思ったが
空を仰いだら深く呼吸をするように、花に触れたら香りを吸い込むように
愛する人の前では素直になってしまうように
ごく自然に声に出していた。「私は未来から来たんです」と。

その言葉に困惑したのか、抱き締めてくれていた腕の力が緩んだ。
やはり言わなければ良かったという後悔が不安とともに押し寄せてくる。
鴎外の反応が怖くて、振り返ることはもちろん、
身動き一つとれなくなってしまったが
口にした現実を冗談だと笑い飛ばすことだけはしたくなくて。
怯えて揺れる瞳にただ浮かんでいるだけの月を映した。


「未来か…それは興味深い」
「興味、深い?」


感覚的には長い沈黙に飲み込まれたような気でいたが
時間を計ったなら、ほんの一瞬の間だったのかもしれない。
後悔に沈み続けていた芽衣を現実に引き戻すように
耳元から聞こえてきた言葉は呆れるでもバカにするでもなく。

ただ好奇心を含んだ声音に驚いて、肩口に触れる彼の表情を窺い見れば
その言葉通り、彼はとても興味津々といったふうで。
子供が絵本の続きを急かすように
「お前のいう未来とは、どれほど先のことだい?」と尋ねてくる鴎外に
戸惑いつつも百年以上先であることを告げたなら、彼は一層の関心を見せて
「うむ。それは詳しく教えてもらいたいものだ」なんてことを言う。


「疑わないんですか…?」
「何を疑うことがある。お前がそう言うのなら、そうなのであろう?
何より、未来から来たとすれば些か納得できる部分もある」
「納得?」
「出会った頃のお前は幅広い知識を持ち合わせていながら、
その細部は見たことがないといった振る舞いであったからね。
まるで遠い空の上から世界を見ていたかのようなお前を
ずっと不思議に思っていたのだよ」
「…」
「恐らく、お前のいう未来は様々な色が生活に溶け込んで
境界が曖昧になっているのだろう。つまりは僕が望む通りの世界というわけだ」


ふむふむと考えを巡らせている鴎外を不思議に思い
緩んだ腕の中でくるりと彼のほうへ向き直れば
存外、真剣な瞳と目が合って。鴎外の手が強張った芽衣の頬に伸びる。

芽衣にとってこの世界は過去であるかもしれないが
こうして立って、愛する人と見つめ合うこの場所は
現在であり、未来でもある。

それを示すように、頬に触れた鴎外の手は輪郭に沿わせ撫でてくるから
芽衣はくすぐったくて笑みを零すと同時に、今の幸せを知った。


「お前は今まで僕が出会った誰とも違う。
型に嵌らず、自分の意思を持って自由に羽ばくお前が広い世界の象徴なのだね」


彼のいう世界とは過去も未来も含まれているのだろう。
芽衣が再び羽ばたいていくことを恐れてか
鴎外は芽衣の身体を先程よりも強く抱き締め、
今まで見てきた世界全てを教えてほしいと言う。

きっと一生掛かっても語り切れないであろう未来の話。
手始めに、百年後の恋愛の形を問うてくる彼へ何と答えを返そうか。







End




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