コノ指止マレ
鴎外×芽衣+藤田
小説 恋月夜の花嫁ED


夕餉を済ませてから寸刻、そろそろ小腹も空いてきたため
頂き物のカステラをお供に煎茶でも飲もうかと考えを巡らせていたところ
ふと、サンルームの大きな窓から見えるアプローチを
人影が通り過ぎていったような気がした。

柱時計に目をやるも、こんな時間に客人を招いた心当たりはなく。
思い過ごしだったのだろうかと考えたところで
こつこつと戸板を叩く敲子の音。
刹那、炊事場にいた芽衣が応対に出ようとしたため、
鴎外は慌てて「待ちなさい」と静止を掛けた。

近頃、何かと物騒な世の中だ。
人影を見てから胸騒ぎを感じていることもあって
「僕が出よう」そう一声掛けると
不思議そうに首を傾げた芽衣を追い越して玄関へ向かう。

鴎外と同じく何か思うことがあったのか、それともただの好奇心か。
芽衣は部屋に戻ることなく、後ろをちょこちょことついてくる。
その愛らしさに緊張が緩んだのも束の間。
玄関戸を開けて入ってきた冷たい夜の空気と
そこにいた人物に対し、つい身震いしてしまった。


「夜分遅くに失礼する」
「おや。藤田警部補ではないか。
生憎、警部補直々にお越しいただくような事案を起こした覚えはないが?」
「それは結構だ。こちらも事案等々で来たわけではないからな。
況して、森陸軍一等軍医殿の手を煩わせるつもりもない」
「はて、それではまるで僕ではない誰かに私用で会いに来たようではないか」


互いに飄々と会話を交わしているようではあったが
その実、相手の腹を探ろうと瞳を鋭く光らせていた。
そうして、藤田の目的を早々に見抜いた鴎外は
自身の背に隠れて、恐々と藤田を見上げる芽衣に視線を向ける。

今まで何度となく、対立してきた藤田に苦手意識があるのだろう。
いつもは暢気に構えている芽衣が珍しく警戒心を剥き出しにしている。
それでも、部屋の中に戻って行こうとしないのは何とも彼女らしいが
鴎外としては今すぐにでも部屋の中に戻ってもらいたいところである。
そうこうしている間に藤田は「娘に頼みたいことがある」と
芽衣に向かって声を掛けるから、愈々困ってしまう。


「私にですか?」
「分かっているとは思うが…お前の魂依の力を借りたいということだ」
「待ちたまえ。なぜ、この子に頼むという話になっているのだろう。
警視庁の内情に詳しいわけではないが、
妖邏課には優秀な魂依がいるはずではないのかい?」


魂依と聞いて、なるほどと納得してみせる芽衣に焦った鴎外が
透かさず2人の間に割って入ったなら、
藤田はあからさまに迷惑そうな顰め面をみせた。
そして、今回は個人的な理由から内密に調査したいのだと苦々しげに告げる。

だからといって、どうして芽衣なのだと釈然としない鴎外に対し
芽衣はすっかり警戒を解いてしまったらしい。
鴎外の羽織を掴んでいた手を解き、隠れることを止めてしまう。


「あの。物の怪を見つけて、その後は…消してしまうんですか?」
「…いや。今回は穏便に済むようお前に頼みたい。
何せ、俺は物の怪を消滅することしかできないからな」


少しの悲嘆を含んだ藤田の答えに
驚きながらも安堵する芽衣とは対照的に鴎外は一層の焦りを覚える。
我知らず、危険に首を突っ込むような彼女だから
きっと頷いてしまうのだろうと思っていたら案の定。
「分かりました」と前向きな答えが聞こえてくる。

当然、鴎外は止めに入ろうとしたが、
芽衣の瞳ははっきりとした意志をもっており
それがまるで此処にいる意味を模索しているかのようでもあったため、
掛ける言葉を失ってしまう。

増水した不忍池へ駆けて行った時と同様に
こうなっては、どんな言葉を以ってしても、
彼女の答えを変えることはできないと知りすぎていた。


「話せば長くなる。詳しいことは明日で構わないか?」
「はい。え、と…どちらにお伺いすれば宜しいですか?」
「帝國ホテルのラウンジが良いだろう。昼餉くらいご馳走してやる。
迎えに俥をやるから、明日はそれに乗って来ると良い」


鴎外が口を挟まないのを良いことに、2人は会う約束まで取り付けてしまう。
愈々我慢できなくなって、ゴホンと咳払いを一つ。
思い出したようにこちらを向いた芽衣を胸に引き寄せて
「俥は必要ない。お前は僕と共に行こうではないか」と提案する。
途端、藤田にお前も来るのかと言いたげな視線を向けられたが
それは想定内だとして、特に気にすることもなかった。
しかし、芽衣にまで驚いた顏をされるのは心外だ。


「お前は僕の婚約者なのだから、当然であろう」
「っ、だ、大丈夫ですよ。私1人でも遣り遂げてみせます!
それに、鴎外さんはお仕事が…」
「なぁに、昼餉のため、家に戻るついでに私用を済ますだけの話ではないか。
それに、自分の婚約者が他の男と2人きりになるのを
黙って見ていられるほど、僕はできた人間ではないのだよ」
「そんな、大袈裟です」
「お前は僕の婚約者なのだと、もっと自覚を持ちなさい」


そこまで言ったところで、全てを理解してもらえたとは思えないが
こちらの意向くらいは伝わっただろうと
腕の中で大人しく丸まってしまった子リスに笑みを落とした鴎外は
視線を上げて「藤田警部補も、それで構わないかな?」と
まるで承諾以外の答えを聞き入れないような問い掛けをする。


「ふんっ。勝手にしろ」


不機嫌そうにそっぽを向いて答えた藤田だが
その言葉には、自分も勝手にさせてもらうという意味が含まれている気がして
先行き不安になった鴎外は芽衣を一層強く抱き締めた。
そして、2人がまた良からぬ約束事を交わさぬうちに
藤田には引き取ってもらおうと促す。

決して心が狭いと思われたくはないけれど
芽衣が相手では、正式な婚約者になったところで
余裕なんて持てるはずがないから仕方ない。
そしてそれは彼女の顔を見せまいと腕に閉じ込めたまま、
去っていく藤田の後ろ姿に睨みを利かせる行動からも窺える。


「鴎外さん…私が勝手に決めたことを怒っていますか?」
「…いや。お前が考えて決めたことをどうこういうつもりはないよ。
お前の身が幾つかの意味で心配ではあるがね…」


そう言いつつ、何とも割り切れない鴎外を怪訝に思ったのか
芽衣はもぞもぞと身動きして隙間をつくると、顔を上げる。
その表情はまだ幼さが残るというのに、
記憶喪失に魂依の宿命、幾つもの出会いの中で急き立てるような婚約と
彼女の背負ったものはあまりに大きくて、気の毒にも思えてくる。
一方で、どんな状況下でも懸命に生きようとする彼女を
誰よりも近くで見つめ、時に支えたいと思う自分もいた。


「過去のことは殆ど覚えていませんが、
今までの私は自分を偽って生きていたような気がするんです。
だから、正体も分からない上に魂依なんて異質な力を持った私を
受け入れてくださった方々に感謝しています」
「芽衣…」
「魂依として必要とされただけだとしても、
私が此処にいる意味を実感できて、嬉しくて。応えたいって思うんです。
鴎外さんには迷惑をおかけするかもしれませんけど…」
「お前がそこまで考えていたとは、驚きだ。
これでは応援せざるを得ないではないか」


心細げだった表情が鴎外の一言で一変。
安堵に緩んだ頬を輪郭に沿って撫でたなら、
芽衣はくすぐったそうに身じろぐから、鴎外もつられて笑った。


「だがしかし、誰よりもお前を必要としているのは
僕だということは知っておいてくれたまえ。
無論、魂依としてではなく芽衣自身をだよ」
「っ、はい。私も鴎外さんには私を見て、必要としてほしいです」


きっと夢中になって伝えてくれた言葉だったのだろう。
言い終らぬうちから、芽衣の頬はじんわりと熱を持ち始めていた。
触れたそこから感じられる想いに愛おしさが溢れて
「芽衣」と名前を呼んだなら、彼女は我に返ったらしい。

赤く染まった顔を隠そうと、胸に顔を埋めるようにしがみついてくるから
鴎外はその存在を刻み込むように強く抱き締め返した。






End




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