ストレイシープの休息
隼人→ツグミ
隼人√「天地神明にかけて」



昨日からおさまることのなかった熱が
ぴんと張り詰めた空気と凛と諭す言葉に芯から冷やされてゆく。
「失礼しました」そう告げる声はすっかり気勢を殺がれており
部屋を出た瞬間には、重い溜め息も出る。

狭い寮の中だ。
ツグミと隼人の間で何かがあったと噂が広がるのは不思議ではない。
特に彼女は皆に関心を寄せられている上、分かりやすいから。

『昨日の巡回後から久世の様子がおかしいようだが…
隼人…お前まさか先走って告白でもしたんじゃないだろうな』

上司である朱鷺宮も実際に彼女と接して思うことがあったらしい。
咎めるような、だけどどこか諦めを含んだような声で問うてきた。
それについて一瞬どきりとしたのは隼人の中に
僅かながら罪悪感があったからだろうか。

『まぁ、お前の気持ちも分からないでもないが。
久世は随分と戸惑っているようだぞ。
このまま引きずっても良いほうに向かうとも思えない。
これからどうするのか、どうしたいのか、はっきりケジメをつけるべきだ』

言われずとも分かっていることであった。
彼女が自分をそういう対象として見ていないことも
一方的な想いが彼女を困らせてしまうことだって
気持ちを伝える前から知りすぎていた。

けれど、今回のことで終わりにするつもりは毛頭なくて。
寧ろ、これを切っ掛けに少しでも意識して貰えればと考えていた。


「ただ、あいつの反応が予想以上で少し…いや、かなり凹んだかな」


周囲から話を聞くだけで目に見えるツグミの動揺。
朱鷺宮にケジメをつけろと言われたが、
今の彼女に答えを急かすのはあまりに不憫だ。

決して後悔なんてしたくないけれど、
やはり気持ちを伝えるのが早すぎたのではないかと考えずにはいられない。
あれこれ気忙しいままに当てもなく歩き出した隼人だったが
ふと廊下の向こうに階段を降りようとするツグミの姿を見つけて
すぐに足が止まってしまった。

対するツグミも隼人と同じく思い悩んでいるよう。
心ここにあらずといった様子を危なっかしく思い見つめていると案の定。
階段を一段目から踏み外し、今にも転げ落ちそうになっているから
さーっと血の気が引いてフリーズする頭に対し
身体は反射的に彼女を助けるため駆けだしていた。


「久世っ!」


細い腕を掴んで抱きとめる。
失ってしまうかもしれないという恐怖に心臓が痛いくらい脈打っていたが
腕の中、確かに存在する温もりに触れると
途端に考えていたそれが一つの可能性に過ぎなかったことを思い知り、
現実が照らされ「無事で良かった…」という言葉が心の底から溢れた。

ツグミのほうは相変わらず自分に何が起こったのか分からずにいるようだったが
隼人の呟きにはっと我に返り。後に隼人に抱きしめられた現状を知ったのだろう。
昨日の告白の時と同様にわたわたと慌て始める。

その際、隼人は彼女の指に絆創膏が貼られていることに気付いた。
人差し指と中指と親指と、そう数えているうちに
料理も裁縫も得意なツグミが一晩でこんなに怪我をする理由に行き着いて。
階段から落ちかけた時と同じそれに罪悪感が込み上げる。

そうして、抱きしめていた腕の力が緩んだ隙に
ツグミは「ごめんなさいっ!」そう言って逃げていってしまう。
隼人はそんな彼女を追いかけることができぬまま。
先程のものとはまた違う鋭い胸の痛みに耐えるだけ。

嫌われたというわけではないと思う。
ただ、どんな顔をしてどんなふうに接したら良いのか分からずにいるのだろう。
それは隼人だって同じだ。ツグミに掛ける言葉が見つからない。


「あの…隼人」


だから、不意に投げ掛けられた自分の名を呼ぶ声にひどく驚き、
顔を上げた先にあったツグミの姿に少し戸惑い、すごく嬉しかった。
引き返してくるツグミにはやはりぎこちなさが窺えたけれど
若緑色の瞳は真っ直ぐ逸らされることなく。
必死に向き合おうとしてくれていることが伝わる。


「さっきは助けてくれて、ありがとう」
「え…」
「助けられたのに逃げてしまって…ごめんなさい」


ツグミを戸惑わせてしまったのは自分なのに、と
不器用に微笑む彼女に対し、きまり悪くなる隼人だったが
同時に、わざわざお礼を言いに戻ってきた律儀で健気な彼女に
愛おしさが広がって。目が逸らせない。

「それじゃ、私はこれで…」それだけ言って去っていくツグミに
やっぱり掛ける言葉は見つけられなかったけれど
今回のケジメとして一つ、答えを見つけることができた。

それはもしかすると自分の為にはならないかもしれないが
何よりも大事なのは彼女の笑顔だから。そう心に決めた隼人は
少し寂しげに、けれどもどこかすっきりとした表情で彼女を見送るのだった。





End



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