白黒視界に一滴
トーマ→主←イッキ
ずっと、一緒だよEND 捏造、死ネタ


初めて心から愛した人は、初めての女友達になった。
悲しいのか嬉しいのか分からないけれど
彼女の幸せを願う気持ちは確かだ。

それでも、会いたい話したいと多くを望んでしまう自分がいて
彼女と連絡がとれない1ヵ月をそれ以上に感じていた。
最近は暇をみて彼女のマンションを訪ねているが、
朝昼夜といつ行ってみても留守。
流石に心配になって、いつから家を空けているのか確認のため
郵便受けを覗いたところで、事態の深刻さに気付く。

慌てて彼女の部屋まで上がれば
ドアは誹謗中傷の張り紙で埋め尽くされており、
思わず、そのうちの1枚を剥ぎ取り、握り締めた。



「トーマ!ここに彼女いる?」


悔しいけれどトーマなら何か知っていると思った。
丁度、部屋から出てきたトーマを押し退けて
強引に部屋の中に足を踏み入れる。
後ろから慌てたような声が追いかけてくるが構う余裕はなかった。


「って、何これ…」


綺麗に片付けられた室内に不釣り合いなケージ。
中には沢山の縫いぐるみと彼女が閉じ込められており、
美しく着飾ったその姿はフランス人形を思わせた。
鎖に縛られ、虚ろな目をした彼女に暫し呆然としていたが
ガチャリと玄関のドアの鍵が閉められる音に
自分も同じように閉じ込められてしまったのだと気付く。


「トーマ。これ、どういうこと?」


吐き出したい怒りをどうにか抑えるも、声が震える。
拳を強く握って、爪が掌に刺さっているはずなのに
興奮状態にあるせいか痛みを感じない。

一方で、この状況に何の反応も見せない彼女は
怒りなんてとっくの昔に失くしてしまったのだろう。
そう思うと何だか悲しくて、泣きたくなった。
同時に今更足掻いている自分がバカらしくなって笑えてくる。
信じ難い現実に直面し、情緒不安定になっているらしい。


「まさか、今になってイッキさんが来るとは思っていませんでしたよ。
正直、こいつがこうなる前に助けに来て、俺を止めてほしかったです」
「何それ…」
「もう遅いんですよ。今更、事態を収拾なんてできない。
勿論、イッキさんにこいつを渡す気もないですし」


トーマが何を言っているのか分からなかった。
ただ、思い当たるといえば彼女のマンションで見た
目を覆いたくなるような光景。
特に郵便受けの中に入れられていた動物の死骸は
その匂いまではっきりと記憶に残っており、思い出すだけで吐き気を催す。

そんな混乱を察したのか
トーマはふっと口元だけで笑ってみせると
「あんなのはマシなほうですよ」そう言って
テーブルの上の携帯とパソコンへ視線を向ける。


「誹謗中傷の電話やメール。同じようなことが
ネットに個人情報を付けて書き込まれていました。
精神的に追い込むだけでなく、ハサミを向けられ
鉢植えを頭上から落とされ…常に危険と隣り合わせだったんですよ」
「どうして、そんな…」
「分かりませんか?」
「まさか、僕の…FCの子たちがやったって言うの?」


トーマから否定の言葉がなく、ショックだった。
確かにFCには厳しい罰則があり、そのことで辞めていく子も多くいたが
彼女に対して、そんな過激なことをしているとは思ってもいなかった。

気付けなかった自分が何を言う資格もないのかもしれないが
FCのことで問題が起きたなら、
相談してくれれば良かったのにと思えてならない。
イッキの想いはどうあれ、関係は友人に過ぎなかったのだから
すぐに解決できたはずだ。


そのことをトーマに告げれば「本当にそう思いますか?」そう言って
不満げな表情を見せるものだから、僅かに恐怖を感じた。
それでも「少なくとも、彼女の笑顔を奪うようなことにはならなかった」と
思ったことを口にしたのは、彼女を分かっていないトーマに
怒りを抱いたからだ。


「イッキさんはこいつの気持ちが
分かっていないから、そんなことが言えるんですよ。
告白する前に、好きな人から友人関係に過ぎないと言われ
好きだって思いを閉じ込めるのが、どんなに辛いか…」


トーマの言うことが真実なら、どんなに良かっただろう。
だけど、彼女はトーマのことしか見えていなかった。
太陽のような眩しい笑顔を見せるのも、
闇夜より深く落ち込むのも、全てトーマのため。
彼女の世界がトーマを中心にあるのなら、彼女を幸せにできるのは彼だけ。
そのことが分かったから身を引いたというのに、何たる裏切りだろう。


「分かってないのは、トーマのほうでしょ」


彼女が本当に好きだったのは、と続けようとしたところで
シャランッと鎖が擦れる音が聞こえてきた。
驚いてケージのほうへ視線を向けたが彼女に変化は見られず
先程の音が幻聴であるような気さえしてくる。

それでも、真実を遮るように入ってきたその音は
真実を知ったトーマが絶望することを恐れた彼女が
発したものだと思えてならない。
だからこそ、彼女を早く逃がしてあげたいと思った。


真実を含め、言いたいことを全て飲み込んで
ひんやりと冷たいケージに手を掛けるも、扉を開けるには鍵が必要らしい。
感情を奪い、華奢な身体を縛るだけでは不十分だと考えるトーマ。
何が彼をここまで追い込んでしまったのだろう。


「イッキさん。諦めて帰ってもらえませんか?
こいつはもう俺のものなんです。
それに、少なからず罪悪感があるんじゃないですか?」
「…そうだね。全ては僕の業因が招いたことだよ。
だからこそ、目を背けるわけにはいかない。
君がその気なら奪うまでだよ。僕が彼女を幸せにする」


だから、ここから逃げたいと言ってほしい。
ケージに縋って、彼女の壊れた心に呼び掛けるも
彼女からは反応が返ってくることはなく。
代わりに聞こえてきたのは
「イッキさんなら、そういうと思いましたよ」という冷めた声だった。

刹那、すぐ後ろに人の立つ気配を感じ
言い様のない恐怖を感じた。
身動き一つすることも躊躇われる状況下で
意を決しおずおずと振り返れば、殺気に満ちたトーマの瞳と
同じく射るような光を放つナイフが視界に飛び込んでくる。


次の瞬間には胸に鋭い痛みを感じ、
じわりじわりと溢れ出す赤のように鈍痛が全身に広がっていく。
ナイフを引き抜かれたと同時に胸を押さえれば
べっとりと生暖かい血の感触が伝わる。
その量は増える一方で、手で押さえたところで
流れが止まらないことにも気付いていた。

床に倒れてから間もなくして痛みは薄れていくが
死へのカウントダウンのようなそれは絶望でしかない。
必死に床を這って、血塗れの手でケージを掴む。
ぼんやりと霧掛かっていく視界に映るのは彼女の姿。


沢山傷付けたのに助けられなくてごめん、と
青褪めていく唇を必死に動かすが、果たして声は出ているのだろうか。
真面に機能しているのが視覚だけだというのに
反応のない彼女では確認のしようがない。



「ごめんね…」


目の前が真っ暗になる瞬間、
彼女は悲しげな瞳をこちらに向けたような気がした。






End




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