夏と記憶の花弁
イッキ→←主
今度の土日はヒマ?END


いつもなら物悲しく見える夕日色の街だが今日許りは特別。
順に灯される提灯とやたら目につく色鮮やかな浴衣姿の若者に活気付かれ、
終わりではなく始まりを予感させる空気が漂っていた。

駅から流れ出る人波は一様に弾んだ声をあげながら、
賑わいの中心へ向かってゆく。
その中で、彼らに逆らい一人暗い路地へ外れたイッキは
1年前の記憶を辿るようにして、ある場所を目指す。

『手貸して、走ろう』そう声を掛けると同時に彼女の手を引いて坂を上り、
普段は使われていない錆びた非常階段を息を弾ませながら上った先。
広い夜空に花火を見た。色褪せることのない夏の思い出。

あの時のように彼女は隣にいないけれど、
日が落ちきって暗くなった世界で花火が始まった音を聞きながら、
階段を上るイッキの足取りは急かされているようだった。



「っ、どうして…?」


少しの焦りを持った勢いそのままに屋上へ続く重たい扉を開け放つと
咲き乱れる花火に照らされて一つの影が見えた。

それはイッキがよく知る人物のもので。
一瞬、あの夏の幻を見ているのではないかと疑った。
しかし、イッキの気配に気付き振り返ったその人は同じように驚き、
「イッキさん…」と声を零すから、間違いなく彼女であると確信する。


「どうして、君がここに…?」


彼女が実家に戻ってからも何度か連絡を取り合い、
会いに行き来していた頃もあったけれど、いつの間にかその回数も減って。
気が付けば、流れゆく日々に互いがいないことが当たり前になってしまった。

このまま、忘れゆくのが互いのためであると
漸く思えるようになっていたというのに、
どうして彼女は目の前に現れてしまったのか。
イッキは久しぶりの再会を素直に喜ぶことができぬまま、
ただ彼女の言葉を待つ。


「夏休みなのでサワの家に泊まりに来ているんです。
今日が花火大会だって知って、気が付いたらここに足が向いていて…」


照れた顔を俯かせて話す彼女に目を奪われる。
どうやら自分は彼女を忘れることができず、
囚われたまま生きる運命にあるらしい。

そんなこと、この場所に来る前から分かっていたはずなのに
彼女を目の前にして、改めて思い知ると
意外にも心は温かな感情で溢れ、本来の自分を取り戻したような気になる。
そのくすぐったさに思わず笑みを零すイッキに対し、
彼女は怪訝そうに首を傾げた。


「あの、イッキさんはどうしてここに?」
「あぁ…ここからなら、花火が楽しめるかなって思ってね」


ここなら、喧噪に邪魔されることはない。
何重にも重なった花火の音とともに空いっぱいに花が咲き、
ぽつりぽつりと明かりの灯った街に光の花弁が降り注ぐ様を見つめ、
想い出に浸ることができれば、それで良かった。

それなのに、今目の前に彼女がいるから
花火なんて想い出なんて、どうでも良くなってしまう。


「私…ここに来て、花火を見ながら思っていたんです」
「え?」
「あの時、花火が綺麗だって思ったのは
この場所だからじゃなくて、イッキさんと一緒に見たからなんだって」


その事に気付いた瞬間、イッキが現れたから驚いたのだといって笑う彼女の頬が
ほんのり赤く見えたのは夜空に咲く紅い花のせいだけではないはずだ。

イッキは忘れられないあの夏をもう一度やり直せるような気がして
もう絶対に自分からは離さないという覚悟をもって彼女の手を取った。
そして、先程の言葉が意味する彼女の想いを問おうとしたところで
不意に今までにないくらい大きな音と光が2人の元へ降り注ぐ。

それに釣られて彼女は視線を空へと向けてしまうから
いいところを邪魔されたような気になりつつも、
答え合わせは花火が終わった後で良いとして
イッキはあの時と同じように、瞳を輝かせ感動を零す彼女を見つめるのだった。






End




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