愛され王子の疑似亡命
イッキ主
覚悟、決めたよEND


物をなくしていく部屋の中、山積みにされた段ボール箱と
慌ただしく動き回る彼女がそれを埋める。
落ち着かないその空間にいると現実感を得ると同時に心もそわそわする。

彼女がこの荷物とともに自分の元に来てくれる。
3ヶ月を越えた先に広がる幸せ尽くめの毎日に燥ぐなというほうが無理な話だ。
知らぬうちに緩んだ表情をそのままに
「それじゃ、ゆっくり待ってるから」と電話の向こうに声を掛けたなら
イッキの浮かれ様が伝わったらしい電話口からは呆れを含んだ声が返ってきた。


「ケントさんからの電話ですか?」
「うん。駅前の道で事故があったみたいで、渋滞に巻き込まれてるんだって」
「悪いことをしましたね…折角の休日に引っ越しの手伝いを頼んでしまって」
「うーん…でもまぁ。引っ越し業者に頼まないなら
車を貸すって言ってくれたのはケンだし。
晴れて恋人同士になった僕たちに、ケンなりのお祝いってことで甘えようよ」


恋人という響きにまだ慣れていないのか
彼女は照れて赤くなった顔を俯かせると小さく頷いた。
そんなちょっとした仕草を可愛いと思う陰に隠れて
甘い、柔らかい、温かいなど惑わすそれが積み重なる。
そうして、愛しくてたまらない彼女を自分だけのものにしたいという思いから
大事に包んで箱の中に閉じ込めておきたいなんて物騒なことを考えてしまう。

冷静を取り戻した彼女が「でも、何かお礼をしたいです」と
イッキ以外のことを考え始めたなら、一層に強くなる狂愛。
想いが通じ合って、一緒に暮らすことになって
それだけで十分幸せだと思えるのに、ふとした時にそれ以上を求めてしまう。
普段は欲がない分、彼女に関して際限が見えないことが怖い。


「あの…イッキさん?」


彼女の話をそこそこに。独り考え込んでいる様子を心配してか
彼女は絨毯の上に座っていたイッキに視線を合せて身を屈めると
不安色の声を掛けてくる。

その優しさに縋るようなかたちで
彼女の腕を掴んだイッキは少し強引に胸の中へと引き寄せた。
拍子に、近くにあった段ボール箱が崩れて
中に入っていた本やプリント、ファイルなどが床に散らばる。

バタバタと埃が舞い上がるような音に交じって
テーブルの上でカップが倒れるような音もしたけれど構う余裕はなく。
戸惑いから身動ぎをする小さな身体を抱き締め続けたなら
この状況を受け入れたらしい彼女はもぞもぞと顔を上げて
「どうかされたんですか?」と疑問を溢した。


「強引でごめんね。君のことになると余裕なくて…
僕のところに来たら、君を閉じ込めちゃうかもしれない。
ねぇ…逃げるなら今だよ?」


意地悪なことを言って、抱き締めていた腕の力を緩めた。
しかし、彼女は逃げ出す素振りを見せない。
だからといって、何を答えるわけでもなく
ただ不思議そうに首を傾げるから、イッキは少しだけ困る。


「…ごめん。意味が分からないよね」
「いえ…あの、そうではなくて」
「ん?」
「…分かっていますよ?イッキさんが、その…
少し強引でちょっとやそっとじゃ引いてくれないこと」
「え…」
「3か月前の告白もそうでしたし、
3か月後に改めて告白してくださった時もそう思いました。
離すつもりなんか全くない。嫌だって言っても連れてくって言われて
すごく焦りましたけど…嫌ではなかったです」


数日前のことを思い出しているのか彼女は照れた表情を見せる。
よくよく思い返してみれば、この3か月は彼女を振り回してばかりだった。
今頃になって気付く自分が嫌になるが
きっと彼女はそんなイッキを丸ごと愛している。


「それくらいイッキさんのことを好きになったのに逃げるなんて今更です。
それに、イッキさんは私の意思を無視なんてしませんよね。
強引なのは、私の気持ちを分かってくれているからこそだって
ちゃんと伝わっています」


全てを見抜いた彼女の眼差しが眩しくて。
抱き締め返してくれる腕がくすぐったい。
彼女は誰よりもイッキのことを分かっている。
けれど、彼女の言葉でイッキがどれほど
救われているのかまでは理解していないだろう。

イッキとしては、そのことが少し悔しいけれど
これから時間を掛けて伝わっていけば良いなと考えて悪戯に笑えば
彼女は「な、何ですか」と照れに焦りを混ぜた表情を浮かべる。

そんな彼女を純粋に可愛いと思った。
今回ばかりは本当にそれだけしか感じなくて、先程よりもずっと心が軽い。

自らの重い愛に圧されることもなく
狂気が抜け落ちた身体を仰向けに倒せば
腕に抱いていた彼女もバランスを崩し、一緒に床の上へ。


次の瞬間、背中に固いものが触れたことに気付き、
身体を浮かせた隙間から引っ張ってみる。
そしてそれが床に散らかっている本のうちの一冊であることが分かると
先程から止まったままでいた時間がネジを巻く。

驚いて身体を強張らせていた彼女も落ち着きを取り戻したようで
散らかった部屋に視線を向けて苦笑いを浮かべている。


「折角、纏めてたのにごめんね」
「そう思うなら、この手を離してください」
「ん〜。もう少しこのままでいたいんだけど…だめ?」
「っ、イッキさんは休んでいてください。
私は他にもすることが沢山あって…え、と。その」


『君とこのままでいたい』と言わせたがっているような意地悪な彼女へ
仕返しとばかりに一層強く抱き締めたなら、抵抗しようとしていた口が吃る。
そうして、腕の中で大人しくなった彼女はどこか悔しそうに
「イッキさんは強引です」と甘受の言葉を口にした。









End




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