別の世界で会いましょう
イッキ→主
CROWD -Suspense- BADEND




翡翠色の輝きを失い、煙と涙で世界が淀んだ。
必死に声を掛け続けているせいで呼吸が苦しいけれど
彼女から返事がないことのほうがずっと苦しくて。
迫りくる真っ赤な炎に対する恐怖は
腕に抱いた彼女が灰となって消えるかもしれないという恐怖に消える。


「どうして、神様は…僕から何もかも奪う気なのかな」


掠れた声で呟いたそれは誰に届くことなく、激しさを増す炎に飲み込まれた。
神様の、世界のせいだと嘆いてみても
お前のせいだとこちらを指さす影を否定できない。
鏡を粉々に壊すような自分自身に向けられる殺気で
ボロボロに傷付いた心を癒せるのは彼女だけなのに
希望の光は弱々しくて、今にも消えてしまいそう。

彼女は自分のことよりも他人を気に掛ける優しい子だ。
今ここで、彼女が目を覚ましたなら涙に濡れた青い瞳を撫でてくれるだろう。
『イッキさんのせいじゃないですよ』そう言ってくれるだろう。
その温かさに救われ、彼女への愛を深めるのだと思う。
そして、彼女を永遠に守ると誓うのだ。

ぼんやりとした夢を彼女もろとも強く抱き締め、
目を覚ましてほしいと縋っていたイッキだったが
ふと彼女の身体から力が抜け、ぐったりとしていることに気付く。
おずおずと距離をおき、彼女の名前を呼ぶも反応はない。

人形や萎れた花と表現するにはあまりに安らかで美しい。
誰かの言葉を借りるなら、本当に眠っているようだった。
しかし、彼女は呼吸を、鼓動を、色を失った。
唯一の温もりも炎が燃え尽きた瞬間に失われてしまうだろう。


「…嘘だ」


頭の中は否定の言葉で溢れかえる。
だけど、いくら並べて組み合わせて形作ろうとしても
死という現実以上にはならない。

更に残酷なことに、彼女の死を待っていたかのようなタイミングで
防火扉のパスワードが解除される。
これでは生と死が2人を別つことが解除の条件であったかのよう。


『ッ、キュウ…聞こ、るか?』


頭の上から聞こえてくるノイズ交じりの声。
それがケントのものであることに少なからず落胆した。
イッキが返事の代わりに嗚咽を溢せばスピーカーの向こうでケントは息を飲んだ。
それから暫しの沈黙ののち、機材が正常に起動したためシステムを停止させた。
防火扉は手動で開くだろうと苦々しく告げられた。


『イッキュウ。聞いて…か?』
「…」
『事情は汲んでいる…っ、かし…だけでも、こから脱出を』


途切れ途切れに聞こえてくる言葉に耳を塞ぎ、心を閉ざして彼女の胸に縋る。
そして「無理だよ」と口を開いてはみたけれど
それが本当に声として出ていたのか、イッキには分からなかった。
心の中ではその言葉が大声で叫ばれているのに、可笑しな話だ。


『イッキュウ!』
「死んだ…死んじゃったんだよ!僕のせいで、彼女は死んだ!」


ぐさりぐさりと胸を刺す痛みにも構わず、自分に言い聞かせるように叫び出す。
死んだと何度も繰り返しているうちに喉の奥に痛みと痺れが纏わり付いて
次の瞬間には激しい咳となって吐き出される。
それはまるで彼女の死を拒絶するように。
酷くなる咳と、乱れる呼吸に襲われるイッキには
早くそこから脱出しろと急かすケントの声も受け入れられなくて。

『今からそちらへ向かう』そう言い残して気配を断ったケントに対し
間に合う可能性はほぼゼロだという計算もできなかったのかと
親友であり好敵手でもある彼に最期に勝った気になりなながら、
この世の未練を断ち切る。


「僕も、もう行くよ。彼女の元に…」


迫りくる炎と煙。ぼんやりと見えてくる死。
それらに苦しみも恐怖も感じなかった。
ただ、追いかけていった先で彼女はきっと『どうして貴方まで』そう言って
怒り悲しむはずだから、そのことを考えると心苦しい。

だけど、やっぱり彼女がいない世界で生きる意味なんてないから。
みっともなく追いかけて、気持ちを伝え続けて
いつかどこかの世界で受け入れてもらえる日が来ればいいと思う。






End



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