電波妨害につき
イッキ→主→トーマ
あの野郎…!END


筆で少しずつ上塗りしていくように
ぼんやりと夕日色に染まっていく空を見上げた瞳は焦りに揺らいだ。
駅前の時計が4時を知らせるメロディーを奏でたことに気付いたくせに
強く握り締めていた携帯へ視線を落とし、時間を確認。
その序でだと言い訳して、彼女からの着信がないことを確かめた。
電話もメールも、こちらからは何度となく飛ばしているのに
彼女は電波を繋げてはくれない。

諦め悪く、電話を掛けようと画面をタッチ。
そのまま耳に当て、彼女の声が聞こえるのを待ち続ける。
夕方になって一段と賑やかな駅前でも、発信音しか耳に入らない。
まるで広い世界に生きているのが自分と彼女の2人だけで。
その彼女を途方もなく探し回っているような気分だった。


『…はい』


いつになったら、こちらの想いが届くのだろう。
そんなことを考えていた矢先、長く続いていたコールがプツリと切れて
電話が繋がったのか疑わしく思えるほどの曖昧な沈黙ののち
確かに彼女の声が聞こえてきた。


「っ…やっと、繋がった」
『…』
「君、今どこにいるの?今日一日、連絡が付かなくて。
探し回っても見つからないし…ねぇ、無事なの?」
『はい…すみません』


彼女の幼馴染であるシンに彼女が朝から自宅を留守にして
連絡も付かないという話を聞いてからずっと探していた。
8月の一件以来、彼女の心はずっと不安定な状態だ。
日常生活のほうは落ち着いてきたとはいえ、どこか危うくて。
自分の知らないところで、また何かあったらと思うと怖くてたまらない。


「謝らなくて良いから…本当に無事、なんだね?今どこにいるの?」
『駅、です…』


電話口から聞こえてくる声は、今にも消えてしまいそうなくらい儚い。
その声が紡いだ言葉に、咄嗟に振り返って人の行き交う駅を見渡してみる。
駅には今日一日、何度となく訪れて探したはずだが姿は見えなかった。

とにかく電話が切れる前に彼女を見つけたくて
「駅のどこ?」と急かすように問えば彼女は少し間をおき、
こことは別の、電車で1時間ほどの距離にある駅名を口にした。


「どうして、そんなところにいるの?誰かと一緒にいるの?」
『…人を、待ってて』


答え難そうな様子から、待っている相手がトーマであるような気がした。
僅かな希望に縋って胸のざわつきを静め「人って…?」と問うてみるも
大学の友達がトーマを見掛けたという話を頼りに
ここまで来たのだという予想通りの答えが返ってくるから、苦しい。


「諦めて、帰っておいで」
『…』
「無駄だって、分かってるんでしょ?それにトーマに会ってどうするつもり?
彼が好きだってはっきり言えないんでしょ?」
『…言い切ることはできません。だけど、トーマにもう一度会いたい。
今ならトーマの気持ちが分かるから…ちゃんと向き合いたい。
もう、逃げたくないんです』


それなのに、と呟いたが先。彼女は黙りこくってしまった。
聞こえるわけもないのに、涙が零れる音が耳に届く。
恋愛相談にのっているときから思っていたが、彼女は決して強くない。
すぐに落ち込んで、泣きそうになる。
苦しみに耐える小さな身体を抱き締めてあげたいと何度思ったことだろう。

今も1人蹲っているであろう彼女を放っておくことができず。
あぁもう…君は変わらないねと独りごちたイッキは
「迎えに行くから、そこで待ってて」そう電話の向こうに声を掛け、
通話を切ると同時に改札口へ駆け出した。

どこか疲れたような人混みを掻き分け、勢いだけで階段を上り切ると
運よくホームに入ってきた電車に乗り込んだ。
その慌ただしさに、そこにいた人たちは物珍しげな眼差しを浮かべたが
電車の発車ベルとともに扉が閉まり、
走り出した頃には皆示し合せたように視線を落とした。

電車の揺れに落ち着きを取り戻したイッキは
すっかり夕日色に染まった窓の外へ視線をやる。
あっという間に見慣れた街並みから外れ、
確実に彼女へ近付いているはずなのに距離が縮まっている気がしない。

どうしたら、彼女に近付けるのだろう。
そんなイッキの心情も知らず。電車は速度を上げた。





End



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