夢現もれなく狂気
イッキ主←トーマ
覚悟、決めたよEND 捏造


カーテンの隙間から零れる月明かりと、過ごしやすい秋の空気。
穏やかな夜を迎えた部屋に劈くのは両親の口論。
激しい遣り取りに対し、耳を塞ぐ代わりに心を閉ざす。

喧嘩の原因が何か、どちらが悪いのかなんて分からない。
それならば、ここは実母の肩を持つべきなのかもしれないけれど
母が義父とともに問題を抱えた人ということは
息子である自分が一番よく分かっている。
そして、似た者同士の2人が
修復不可能なところまできていることも目に見えていた。

トーマは「寝るか…」と諦めたように呟いて
ベッドに沈めた身体を壁側に向け直し、目を閉じる。
自分の世界に閉じ籠れば誰の声も聞こえなくなった。
そのまま、夢の中に溶け込もうとしたところで
ふと、世界に入ってこようとする足音があることに気付く。

そんなことができるのは、この世でたった1人。
彼女に心を動かされるようにして目を開けて、身体を起こせば
目の前の扉が遠慮がちに開かれ、その僅かな隙間から
オレンジ色の照明に交じって彼女の影が見える。


「トーマ兄さん…起きてる?」


不安げな声音から察するに
向こうからは、暗い室内の様子が見えないらしい。
トーマがサイドランプを灯して漸く目が合う。
途端、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げるから
「おいで」と優しく声を掛ければ、安堵を見せて駆け寄ってくる。

布団を捲って、ベッドをポンポンと叩いたところに
やってきた彼女は「ありがとう」そう言って、笑う。
その笑顔が僅かに引き攣っているのは気付かぬふりだ。
両親には何の期待もなかったわけで、今更何を思うこともないけれど
2人の仲が悪いせいで彼女が傷付くことは許せない。
一方で、傷付いた彼女が自分の元に来てくれることが嬉しかった。


「今日も、ここで寝て良い?」
「いいよ。眠れないんだろ?」
「お父さんたち、また喧嘩してるから…ごめんなさい」
「何で謝るの?兄としては、可愛い妹に頼られて嬉しい限りだよ」
「トーマ兄さんがいてくれて、良かった…」


妹以上に見ていないわけではないけれど、と
パジャマを纏っただけの無防備な姿に視線を落としたトーマだったが
すぐに自分が兄であることを思い出し
「ほら、もう寝なさい」なんて言葉とともに
彼女の身体を隠すように布団を掛けてやる。

律儀に「ありがとう」と言って表情を緩める彼女に
ただ「おやすみ」と声を掛け、同じ言葉が返ってきたのを合図に
ランプの明かりを消した。


「兄さん…」
「ん?まだ眠れない?」
「手、繋いでいい?」
「いいよ。ずっと、繋いでてやるから…絶対、離さないから」
「うん」


それから、彼女が眠るまで時間は掛からなかった。
見えるのは彼女の寝顔だけ。聞こえるのはその寝息だけ。
2人きりの世界は暗くて、ほんの少しだけ冷たいけれど
外側から壊されようとしていることを含め、
気付かぬふりをして、眠った。


夜眠って、朝起きる。
そんなあっという間のうちに両親の離婚が決まっていた。
彼女とも離れ離れになることとなり
離れたくないと泣き出す彼女に約束したのだ。
「またいつか一緒に暮らそう。必ず、俺が迎えに行くから」と。


これは夢現な2人が交わした約束で。
あの時は確かに2人の想いは同じであったはずなのに
いつの間にか、トーマにとって現実であるそれが
彼女にとっては夢に変わっていた。

彼氏と一緒に暮らすことになったという彼女からのメールを見つめて
ああ、そうか。と一人納得する。
彼は自分の代わりだったのだ。
病気の時は看病して、父親から逃げて彼の元へ潜りこむ。
寂しいから一緒にいる。

きっと彼女は兄を求めていたに違いない。
ごめんなと歪んだ口元から零れる謝罪は狂気を帯びていた。
創り上げられる世界はいつでも暗くて冷たくて、悪夢のようだった。


「今から、お前を迎えに行くよ」





End




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