蜩は泣き疲れて眠った
イッキ→主
今度の土日はヒマ?END 途中捏造→11年後


『多分ほら、10年とか経てばね。多分…』

どんなに時を重ねたところで、この想いは何にも上書きされない。
そんなこと11年前から分かっていた。
毎年、同じ気持ちを持ったまま彼女と別れた駅のホームに立って
電車が到着する度に降りてくるかもしれない彼女を探している。
そうして1人。夏を終えるのだ。

『連絡しておいでって言っても、君のことだから気後れしちゃうかな』
『…』
『じゃあ、こうしよう。来年も僕はここに来るよ。
離れてみて、少しでも僕に会いたいと思ったら、おいで』

気持ちの整理をするのに1年では短いというのなら
2年先も3年先も。僕の気持ちが変わらない限り、ここで待っている。
そんなことを伝えれば、彼女は困ったような、呆れたような
イッキの言葉を信用しきれないような。複雑に顔を歪めた。

それでも、君が忘れたければ忘れて良いよと付け加えた言葉に対し
彼女は『忘れません』そう答えてくれたから、
そこに恋愛感情がなくても会いに来てくれるのではないか
そんな期待をしていたのだけれど、
11回目の夏も彼女に会えぬまま終わろうとしていた。

本当は10年経った時点で見切りを付けなければならなかったのだ。
ここまでくると、期待しても無駄だと思う自分だって大きくなる。
けれど、諦めようという囁きを振り払って
今こうしているのは、彼女を好きでい続けているからよりほかない。


夕日色に染まったホームに伸びる自身の影もまだ此処にいたいと
熱いコンクリートの上に張り付いている。
電車の到着音に驚いたヒグラシが鳴くのを止めれば
8月が終わっても変わらない暑さだけが残り、
あの冷夏を恋しく思いながら、缶コーヒーを飲み干した。

底に残った水滴もあっという間に乾いてしまい
空っぽになった缶をゴミ箱に捨てるため重い腰を上げる。
大きく口を開けたそこに軽く放ればからんからんと涼しげな音がして
ホームに入ってきた電車が揺らす空気に溶け込んだ。
のちに、アナウンスに合わせて電車の扉が開けば
辺りは一気に涼しくなったような気がする。


「イッキさん…」


ふと、冷やかな喧噪の中から名を呼ぶ声が淡いフィルターを通して届く。
聞き覚えがあるどころか、大好きなその声は
落ち着かない空気に触発されて聞こえてきた幻聴なのではないか。
疑いが大きく膨らみ、何が現実か幻かも分からなくなってしまうけれど
鼓動の高鳴りを信じて振り返れば、彼女を中心に世界は鮮やかに色付いた。

夕日は眩しくて、伸びた影は深い。
ゴミ箱や自動販売機、ベンチ。行き交う人々も
ぼやけていた景色がくっきりと形を成していく。
そして、その中心にいる彼女はただただ綺麗だった。


「どうして…?」


一滴にも満たなかった希望が形となって現実に降り注ぐ。
その美しさを表す言葉が存在しないように
11年ぶりの再会に対し、気の利いた言葉なんて浮かばなかった。

「まさか、本当に会えるなんて思いませんでした」と
困惑した表情とは裏腹な喜びを滲ませた声で言われ
「それはこっちのセリフだよ」なんて小さく返す。
見開いているうちに乾いた瞳に瞬きを一つ与えたのち彼女を映せば
あの夏に戻っていた意識がぐるぐると針を巻き、時の流れが一気に圧し掛かる。

11年ですっかり変わってしまったというわけではなく
少し大人びた顔付きや長く伸びた髪の他に
違和感の正体を言い当てることもできないけれど
自分の知っている彼女が薄れているような気がして、寂しいと思ってしまう。


「会いたかったです」
「僕だって、君に会いたかった」
「ずっと、好きって言いたかったんです」
「っ…僕もずっと変わらず、君が好きだよ」


彼女が乗って来た電車が走り出した。
空気を揺らすほどの騒音に構わず交わした会話は2人の距離を埋め。
電車の尾灯が完全に見えなくなり、
人の姿がなくなった静かなホームに伸びる2つの影は重なった。

電車内の冷房で冷えた彼女の身体は腕の中にすっぽり収まるほど小さくて
柔らかで良い匂いがする。それら全てよく知るものだった。
そうは言っても、お試しの恋人だった彼女と
恋人らしいことをした記憶は僅かしかなくて。
こんなふうに強く抱きしめるなんて、絶対に叶わないと思っていた。

触れるだけでも、拒絶されないよう気を遣って、
偶然や親切心を装ったこともざらにある。
11年経った今でも、彼女に触れたときのことを思い出して
数えてみろと言われたら正確に答える自信があった。
そんな過去ばかり見ている状態で「イッキさん…」なんて名を呼ばれたなら
あの日に戻ったかのように錯覚してしまいそうになる。

しかし次の瞬間、思い出したようにヒグラシが鳴き始めると
暑い夏。もとい、現実に引き戻された気になって。
抱き締めていた腕の力を緩めれば、彼女はおずおずと顔を上げ
11年前と変わらない澄んだ翠瞳にイッキの戸惑いを映した。


「君に何があったのか聞いても良い?ねぇ。どうして、今なの?」
「…何があったかといえば、11年前。9月に別れを告げてから
イッキさんへの想いに気付いて…それからは、何も変わりません」
「だったら、どうしてもっと早く…」
「イッキさん、あのとき言いましたよね。
10年経てば忘れられるかもしれないって…」


彼女と別れてから、10年までと自身に言い聞かせておきながら
今もこうしている自分を指摘されたようでドキリとした。
同時に10年経てば忘れられる想いだとして、
信用していなかったと言われたようで
「…僕を試したってこと?」そう自嘲気味に疑問を溢す。
すると彼女は慌てて首を横に振り「違うんです」と
はっきり否定を口にするから、少し驚いた。


「もし、時間が解決してくれるなら、私のことを忘れられるなら
そのほうがイッキさんは幸せになれるんじゃないかって思ったんです」
「何言ってるの…というか、どうしてそうなるの?」
「あの夏、私はイッキさんを苦しめてばかりだったから…
これ以上、私に振り回されてほしくないって思ったんです」


彼女なりに考えてくれていたんだと気付き、
幸せを願ってくれていたんだと知り、単純にも嬉しいと思ってしまった。
だけど、やっぱり肝心な部分が彼女に届いていなかったことが悔しくて
改めて伝える。「僕は君がいないと幸せになれないんだよ」と。

この11年はただ茫然と過ぎていった。
毎年このホームに来て彼女を待つためだけに生きていたようなものだ。
こうして彼女に会って、漸く自分を取り戻せた。


「本当は何度も会いたいって思いました。
でも、10年待つって決めたからには引けなくて」
「君、変なところで頑固だもんね」
「…」
「でもね。時間なんて関係ない。気付いてほしかったな。
だって、君は変わらずに僕を想って、待っていてくれたんでしょ?」
「だけど私はずっと忘れないって言いました」


先に10年と言い出したのはイッキではないかと
拗ねたように視線を落としてしまう彼女は
きっと、不安いっぱいで今日を迎えたのだろう。
イッキには『忘れない』という彼女の言葉があったけれど
彼女は希望なんて殆どなかったはずだ。
それでも、こうして来てくれたことが嬉しい反面、
想い合っていながらも繋がらなかったこの11年が惜しくなる。


「あぁ…余計なこと言わなければ良かったな。
君、考えすぎなところあるよね。
そんなに重く受け止められるとは思ってなかったよ」
「…勝手に決めつけて、意地を張ったのは悪かったと思ってます。でも…」
「うん。そうだね。あんなこと軽々しく言うもんじゃなかった。ごめんね」


彼女が気に病まないように、彼女のために言ったのは本当だが
それよりも自分自身に言い聞かせるための言葉だった。
情けないところを見せたくなかったという想いもあって
その言葉を聞いた彼女の傷付いた表情から目を逸らした。

時間なんて関係ないとあの頃の自分がちゃんと気付けていたなら
10年なんて容易く口にしなかったかもしれない。
何より、3ヶ月なんて期限に縛られず、必死になれたかもしれない。


「ねぇ。君はいつ、どんなふうに僕への想いに気付いたの?
この11年をどう過ごしてた?今日をどんな気持ちで迎えたのかな。
今までのこと沢山、聞かせてほしいんだ。これから、たっぷり時間を掛けて」
「あ、あの…それはちょっと。恥ずかしいです」
「そう?じゃあ、僕も話すから。君も話してくれる?」


戸惑いの声を溢す彼女の手を取った。
もう二度と自分を誤魔化すことはしない。
格好悪くても情けなくても、感じたこと1つ1つを
言葉で、触れて、見つめて。自分の全てをもって伝えたいと思う。






End




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