自己完結少年の噺
トーマ→主
School World 夏休み前


試験前の一週間ということで
放課後の部活は校則で定められた通り、2時間のうちに終わったのだけれど
その後、顧問に頼まれ事をされたせいで寮に戻って来ることができたのは
結局、いつもと同じ。いや、いつもより少しだけ遅い時間になってしまった。

街灯の橙がぼんやりと灯った夜道の向こうに見える学生寮は温かで
温度差に負けたトーマはくしゅんと大きくクシャミをしたのち
ぽつりぽつりと小さな灯りだけが残った校舎を恨めしい目で振り返り、
「やっぱ、ジャケットがないと寒いな…」と呟いた。

教室に置き忘れてしまったジャケットを
部活が終わってからでも、取りに戻れば良かったのだけれど
寮の食堂で幼馴染2人が夕食を共にしようと待っていることを考えれば
どうせ、明日も授業があるのだからという気になってしまったのだ。



「シン!こんなとこで何してんの?」


寮が目の前に見えて早足になりかけたところで、玄関付近に人影を見つけた。
柔らかな光の中に浮かびあがったそれがシンのものであることに気付き、
「まさか俺の帰りを待ってたとか?」なんて冗談めかしに言ってみるも
シンは特に反応も見せぬまま、何かを確認するように視線を彷徨わせたのち
「トーマ。あいつと一緒じゃなかったのか?」と口を開いた。


「え…まだ戻って来てないのか?」
「トーマと一緒だと思ったんだけど…違うんだな?」
「俺はHR後に別れたきり見てないよ」


いつもならとっくに帰り着いている時間であると言っても
寮の門限までまだ時間はあるし、校舎に残っている者もいるだろう。
学園の警備は万全であるため、事件に巻き込まれる可能性だって低い。

それでも、彼女のことになると些細なことだって不安に繋がり、
駆け寄って手を伸ばそうとしてしまうのは性分だ。
重いそれを抱えたまま、じっとしていられなくなったトーマは
「戻って探してくる」と余裕のない言葉を残して走り出す。
透かさず「おい、トーマ!」という声に呼び止められるけれど
シンは寮の周りを探すようにと伝えるだけで精一杯だった。


歩いてきたばかりの道を引き返し、
目の前にした校舎は生徒の声一つしない薄暗い空間に様変わり。
彼女を含む、自分のよく知るものが
全て夜闇に飲み込まれてしまったかのような不気味さと
ちくりちくりと肌を刺す不穏な空気が、
まるでここが始めて来た場所のように錯覚させる。

いつもは賑やかな廊下にわざとらしく足音を立てつつ、
あれほど戻ることを億劫に思っていた教室へとやってきたトーマは
荒れた息をそのままに扉に手を掛けた。
覗き込んだ先に広がるのは物陰がぼんやりと見える程度の暗闇。
そして、その中に探していた彼女を見つけることができた。


「あれ…トーマ?」


机に突っ伏していた彼女の元へ慌てて駆け寄れば
その騒がしい気配に気付いたらしい。
彼女はのそのそと顔を上げ、虚ろな瞳にトーマを映す。
そんな、ぼんやりとした様子を心配し「おい、大丈夫か?」と声を掛ければ
よく分からないといったふうに瞬きが繰り返されること数秒、
「大丈夫だよ」そんな言葉と、ふにゃりと間の抜けた笑みが返される。

緊張に沈んでいた心が浮いていくのに対し
身体は力が抜けたようにずるずると落ちて、彼女の足元に座り込んでしまう。
そんなトーマを見て驚いたのか、
彼女は強引に現実へと引き戻されたような調子で「トーマ、どうしたの?」
「そういえば…何で、真っ暗?」などと疑問を溢し始める。

その様子から、ただ時間を忘れ眠っていただけだと分かり、安堵する一方で
誰が来るかも分からない教室で無防備に熟睡していた彼女に憤りを覚えて
つい「寮に戻ってないって聞いて、心配したんだからな」と声を荒げた。

勿論。他にも言いたいことがあったのだけれど
びくりと肩を震わせ、俯き加減で謝る彼女を見ると
怖がらせてしまったことへの自己嫌悪で、急速に熱が冷める。
悴んで言葉一つ出てこなくなったトーマは彼女から視線を逸らした。
そして、漸く彼女が座っているのが自分の席で
突っ伏していた机には見慣れたジャケットがあることに気付く。


「もしかして…俺のこと待っててくれてたのか?」
「…う、うん。部活が終わったら、
ジャケットを取りに戻って来ると思ったから」


ここ数日、夜遅くまで試験勉強していたこともあり、
眠気に襲われ、いつの間にか眠ってしまったのだという彼女の話を聞いて
単純にも口元が緩んでしまい、咄嗟に手を添えて隠した。
その様子を不思議に思ったらしい彼女が心配を滲ませて覗き込んでくるため
「と、とにかく帰ろう…シンも心配してるだろうし」そんな言葉で誤魔化し
彼女の手を取れば、小さなその手は当たり前のように握り返してくる。

一層赤くなったであろう顔を見られぬよう
彼女の手を引いたまま、少し前を歩く。
廊下に出れば歩調の違う2人の足音がやけに大きく響き、
つい早足になっていたことを気にして、振り返れば
スキップをするような浮かれ調子な彼女が窺えた。


「って…お前は何でそんな嬉しそうなの?」
「だって、理由はどうあれトーマと帰れるし…手も繋げた」
「っ。あ、えと…悪い。普通に手繋いでた。強引だったよな」
「え?私、嬉しいよ」
「それって、昔を思い出すからってこと?まぁ、確かに懐かしいな」
「…」


トーマの言葉を最後に、穏やかだった空気にノイズが混ざり
ぷつりと会話が途切れてしまった。
そのことを不思議に思ったトーマが足を止めたところ、
唯一の繋がりであった彼女の手に力が籠った。

のちに何を言うでもなく、
彼女は固く繋がれた手を引くようにして歩き出すから
思わず「あ、ちょっと。待ちなさいって」と彼女の背中へ声を掛ける。


「お前、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「…なんていうか。私、トーマに振り回されてばかりな気がする」
「は?」
「トーマを驚かせるためにドキドキしながら待って、
それが失敗して残念なはずなのに嬉しくて、だけど今は胸が苦しい」


彼女の口にした症状をトーマはよく知っていた。
しかし、同じものとして受け取って良いのか分からず
ただ彼女に負けないくらい、繋いだ手に力を込めると
「俺のほうがお前に振り回されてるよ」なんて試すような言葉を返す。


「さっきだって、十分驚かされた。心配して焦って…
でも。お前が無事だって分かったら、それだけで良いと思ったよ」
「えへへ。そうなんだ」
「だから、何でそんな嬉しそうに笑うかな…?」
「嬉しいよ。私たち、同じように想い合ってるってことでしょ?」


本当にそうだったら良いのだけれど。
そんな想いを隠して曖昧に笑ったトーマは
繋いだ手をぶんっと振って足取り軽く歩き出す彼女をただ追い掛ける。

その歩調はやっぱり揃わなくて、
トーマは合わせる努力もせぬまま
彼女の隣に並んで歩くことを諦めるのだった。








End



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -