うつらうつらと金魚草
トーマ→主
ずっと、一緒だよEND


透明感のある白の素地にぼんやりと浮かぶレリーフ模様のティーセットは
どんなデザートも引き立たせてしまうような落ち着きあるデザインだ。
ショートケーキ一つ見ても可愛らしい印象に取って代わり、
生クリームによく合うダージリンをカップに注げば
辺りはすっかり甘い香りに包まれた。

どんなに飾ってみたところで彼女の反応は期待できないけれど
トーマ自身が満足するなら、それで良いとされる空間がここにはあって
ティーセットを手に檻の中に入り、シャラリと鎖の音が響けば
それだけで平和だと思えるほど歪みきっている。


「お前の好きな店のケーキだよ」


ケーキがどんなものかも分からなくなってしまった彼女に
そんなことを言っても無駄かと乾いた笑いが生まれた。
何も悲しいことはない。切っ掛けはどうあれ、
この状況は自分が望んだものであり、手放したくないと思っている。

彼女の笑顔が恋しくないわけではないけれどと付け加えたところで
彼女がふんわり湯気の立ったカップに手を伸ばそうとしていることに気付き、
強い衝撃とともに現実へ引き戻される感覚を受けた。


「ストーップ。火傷したら大変だから、触っちゃダメ」


雪のように冷ややかなカップの表面だが
じっと持ったままでいるのが辛い程度に熱くなっている。
これが飲み物であると理解していない彼女が
どうして手を伸ばしたのかは分からないが、
突然、スイッチが入ったように行動しないでほしいと思う。
紅茶一つで大袈裟かもしれないが、
彼女には些細な傷だって負わせることは許されないのだ。

火傷しないよう水面に息を吹き掛けて十分に冷ます。
湯気が薄れ、橙が鮮明に見えるようになったところで紅茶を口に含み、
香りが残らぬうちに彼女の唇に触れて、流し込んでやる。

ごくりと喉の音を確認したのち、
彼女の口元を艶やかせる滴りを舐めとりながら離れると
自分が飲んだわけではないのに、渇きが潤い、満ち足りた気分になった。
一方で、彼女はあっけらかんとした表情で関心をケーキに移してしまう。
しっとりとしたクリームとふわふわのスポンジを人差し指で弄び、
真っ赤なイチゴを物珍しげに見つめる。
表情は無に等しいのに、なぜか楽しんでいるような印象がある。


「あ〜、ほら。これは食べる物だから」


彼女の手に付いたクリームを綺麗に舐め取ってやる。
ぺちゃぺちゃと艶めかしい水音に加え、
彼女があまりにまじまじと見てくるから甘くて蕩けそうだ。

指に付いたクリームが溶けたのにも構わず
舌を絡ませてみたり甘噛みしてみたりを暫く繰り返したのち、
名残惜しさをリップ音にしてから、手を離した。

唾液で濡れた指をぼんやり見つめる彼女だったが
ふと思い出したようにケーキに手を伸ばす。
「食べさせてあげるから、ちょっと待って」と言っている間にも
彼女は指に付けたクリームをぎこちなく舌で掬う。

甘い、美味しいなんて反応はないけれど
丁寧に舐め取った指で再度、ケーキに触れようとする彼女を見ていると
本当に感情も意思も残っていないのだろうかと疑って、少し怖くなる。


「…ぉ、ま」
「ん?なぁに?」
「と、ま…ん」


口元へ付き出されるクリームを纏った指にごくりと喉が鳴った。
彼女の心は壊れてしまったはずなのに
何を思って、手を伸ばすのだろう。
自分のものになったはずなのに、彼女のことが分からない。

呆然とするこちらに構わず、
甘いそれを口に押し込んでくる彼女が
ぼやけて見えないことに耐えかねて
深く考えるのを止めれば、ただ甘いだけの空間が広がった。








End



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