xxx.優しい未来

町の市街地から少し離れた場所にある、緩やかな丘の上にある日本建築の大きな家。
白壁の塀に門構えまでしっかりあって、『家』というよりもむしろ『お屋敷』。都会に生まれ、賃貸マンションにしか住んだことのない私には、時代劇やドラマでしか見たことないようなお宅であって、外見はお堅く取っつきにくい感じ。
だけどいざ中に入ってみると、屋内は和紙が張られた障子、木製の雨戸、レトロな照明器具など昭和を感じさせる物に包まれた空間で、自分の家じゃないのにどこか懐かしいような……それはまるで『おばあちゃん家にいるみたい』だった。そう率直な感情を口にすると、『私も最初そう思った』とちりが笑った。
庭には、コケの生えた大きな岩が一つドドンと構えられていて、手入れされた緑の生け垣の、遠く向こう側には綺麗な青い水平線が見えた。花壇を華やかに彩っているアネモネや、今にも咲きそうな重たい蕾を垂らしている立派な藤棚を眺めながら、板張りの縁側で朝の美味しい空気を肺いっぱい吸い込み、体をうんと伸ばした。

「ど田舎に住むって聞いたときは大丈夫なの?って思ったけど、ここはここで素敵な所じゃない。空気が澄んでて、空も広い。何より海が見える家ってのがすごい。映画で見るような景色がここにあるっていうか……でも車は潮で錆びそうよね」

なんて嫌味の一つ言っちゃうくらい、都会の喧騒から解放された、何のしがらみもない自由な土地。
"田舎暮らし"に憧れる人はいるけれど、実際問題生活の全てを捨てて移住するなんて、何かのキッカケがない限り踏ん切り付かないのが現実。だからこそ心機一転、新しい暮らしを始めてるちりが羨ましかった。

「うん、しかも錆びるのめちゃくちゃ早いよ。でもさ、買い物とかで不便なことはあるけど、住む環境はすごくいい。ここは、そもそも私には縁もゆかりもない土地なんだけど、松川くんがお祖父さんの持ってたこの空き家を突然譲り受けることになっちゃって。元々私も田舎暮らしに興味あったし、それにこんな静かな暮らしの方が私の性に合ってるから」

ご近所さんから頂いた柚子をハチミツに漬けたの、と特産の柚子茶を振る舞ってくれるちりは、以前よりも毒が抜けたかのような幸せで穏やかな雰囲気に満ち溢れている。
地方での生活と、若い旦那様による解毒作用なのだろう。
効果が絶大すぎる。

「あなたも“松川さん”でしょ。てか、これちりが作ったの?!料理するようなキャラじゃなかったよね?」
「まぁね。でもさ、この辺コンビニもないし、小さいスーパーあるんだけど夜8時には閉店するから、作らざるを得ないというか。それにご近所さんがたくさん野菜やら魚やらお裾分けしてくださるから、そんなのも自分で料理しなきゃだし」
「へぇ。都会じゃ隣の部屋の住人すら面識なかったりするのに。そういうところ、人間本来の暮らしって感じで温かくていいよね」
「うん。だけどご近所付き合いがあるから、人間嫌いで都会から来たって人には少しツラいかも。お祭りの炊き出しとか、お神輿担いだり色々参加しなきゃだし」
「それはちょっと苦手……かもしれない」

昔に戻ったみたいに話していると、家の外で控えめに鳴った、聞き慣れない車のクラクションが会話の終わりを告げた。予め電話で予約していたタクシーが迎えに来たようだ。

「空港で土産買ったりするから、早めに行くね」
「タクシー呼ばなくても車で送ってくって言ったのに」
「馬鹿言わないの、何かあったら大変じゃん。少しは自覚して大人しくしてなさい。『おばちゃん、アナタが産まれた頃にまた会いにくるからね〜』」
「おばちゃんて……」

ちりの大きなお腹を撫でると、ボストンバックを抱えてタクシーに乗り込む。

「旦那様にもよろしく言っといてー!」
「うん!気をつけてね!また電話するから」



散々おしゃべりしてた癖に、別れ際になると台風のようにあっさり去って行ってしまった。
どうせ『ぐだぐだしてると寂しくなるでしょ』ってことなのだろうが、それがまた彼女らしいと笑いながら、ちりはタクシーが見えなくなるまで手を振った。
『おばちゃん、ばいばい』と挨拶するみたいに、お腹の中でぐるりんと動いた赤ちゃんに語りかけるようにお腹を優しくさする。

「さぁ、パパがそろそろ当直明けて帰ってくるから、朝御飯準備して待っていようね」

長い当直が明けて、ようやく愛妻の元に帰宅した年下の旦那様から、「ただいま」の熱い抱擁と甘い口づけが繰り広げられるまで、──あと少し。

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