02、引退

それから───
相変わらずの無気力な私を置いてけぼりにして、いつの間にか季節は本格的な夏。生徒のいない、閑散とした夏休みの学校にも慣れてきた。

『ちり先生、テーピング、今大丈夫ですか?』

新学期に向けて、保健室前の掲示物を一人黙々と張り替えていたら、ユニフォーム姿の松川君が現れた。

『あら、松川君。今日は部活?……て、今名前で呼んだ?!』
『はい。“先生”だけだと、他にもたくさんいるし。嫌ですか?』
『そりゃ、まぁ確かに先生は沢山いるけど。単に私が男性から名前で呼ばれ慣れてないから、なんとなく恥ずかしい、かなって……』

夏休み期間中も、部活のある松川君は前よりもちょっと多いペースで保健室に来た。
【消防士になりたい】という進路相談を受けた日から、少しずつだけど、彼との会話も弾むようになってきた。
忙しい部活の合間を縫って、高3の春から公務員になるための予備校に通い始めてて、着々と採用試験の準備を進めている頑張り屋さんだってことも分かった。
なので、私も一応“先生”って呼ばれる立場な訳だから、微力ながら何か応援してあげたい!とは思ってるんだけど──

『それじゃちり先生は、彼氏からなんて呼ばれてるんですか?』
『カレっ?!いないから!悲しいことに!』

若干、彼のペースに巻き込まれてると感じるのは、気のせいじゃないと思う。

『僕は悲しくないですよ、むしろ喜ばしい』
『はッ?!ちょっと、何言ってるかわかんない』

私が困った顔をすると、少し嬉しそうな表情を見せる松川君。
高校生から完全にからかわれてる……
彼氏いない歴数年ですけどね、絶対に言わないけどっ!
子供に言うようなことでもないし。

『テーピング、やるんでしょ!?ちゃちゃっとやったげるから、もう練習行きなさい。早く保健室入って』
『あれ、怒ってるんですか?』
『怒ってない!』

──そんな松川君も、この夏でバレーは引退。
こんなやり取りも、あと何回出来ることやら……

生徒と少し仲良くなっちゃうと、彼らの旅立ちが近づく度に寂しくなってくる。
仕方がないんだけど、教員って仕事の、そういう“別れ”があるとこ嫌い……

そして夏休みが終わる頃、松川くんの大会も終わった。


大会が終わったら引退って言ってたし、もうここへは来ないんだろうなぁ。
でも公務員試験の結果は教えに来てくれないかな、気になるし……
それにしても、良いコだったな──

明日は始業式。
また生徒が戻ってくる。
なのに、戻ってこない松川君のことを思い出しながら、もう前ほど使わないかもしれないテーピングテープの発注書をパソコンで入力しては消してを繰り返してる私。
ダメね、何ダラダラしてんの、仕事しなきゃ。

給湯室へ眠気覚ましのコーヒーを淹れに行こうとした時、

『ちり先生、いますか?』

彼が入ってきた──

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