▼ 1.認めない
「っあぁ寒い。本当に古くなったよなぁこのバス亭」
「工事とかしないのかな」
「さぁ。隙間風寒いよ!!」
黄色のバス亭容赦なく吹きつける風は割れたプラスチックの窓から入り込んで髪を揺らした。
「聞いて!昨日ね、山本の夢見たの!!すっごい格好よかった!」
「ええ。羨ましい。今年の運使い果たしたんじゃない?」
「ええい。不吉なことを言うな」
手袋もしていない真っ赤に悴んだ手を振り上げるフリをする。
「行きたいな、REBORN!の世界に」
「?なんか言った?」
「あ、ううん。なんでもない」
少女−郷士もえはブンブンと片手を振って、紅林えりかは苦笑いを浮かべた。
「また変な事考えてんでしょ!!あ!明日のテストの事とか!?あたし自信ないなぁ」
「やめようよ、そういうの考えるの。」
「だよね」
期末が一番やる気でないんだよね。
「ねぇ。どこかの世界に行けるってなったら、どこに行きたい?」
「え?うーん……もえと同じかな!!」
八重歯を覗かせて笑うえりか。
「夢だけじゃ物足りないよ!会ってみたいよ!叶うならね!!」
「そうだね」
暫くするとバスが停車したのが目に入る。
「あ、じゃあウチ行くわ」
「んー、また明日!」
手を振り返した瞬間だった。お互いの姿が、ぼやけて見えなくなってしまったのは。
「…ねえ」
「なに」
えりかは硬い声でもえに声をかけた。
「あたし達ってどこにいたんだっけ」
「バス停」
「ここどこ」
「かろうじて関東っぽい」
「……住宅街?」
「そう見えるよね」
「あの、積もってた雪はどこいった」
「この陽射しで溶けたんじゃない」
「はっは、そうか、溶けたのか……違うわ!しっかりしてもえ!」
現実逃避をしていたのは、どうやらもえの方だった。目の方向が完璧に明後日である。
「そ、そうだ!交番!交番行こう!ね!」
「お店の人にどこにあるか聞こうか」
キャパシティオーバーしたもえの腕をひっ掴んで走り出す。昼間なのか、買い物袋をぶら下げた主婦が目立つ。買い物袋を提げているということは、近くに店があるということ。暫く周りをキョロキョロさせながら歩いていると、商店街の入口に2人して立ち竦んだ。
「並盛…商店街………?」
ついに、えりかの目も明後日を向きかけた。
「いやいや、いやいやいや!!そういうこともあるよ!並盛って大なく小なくでしょ!?うん、確かそういう意味だよね!うん!」
「えりか…並盛ってさぁ」
「あら!あらあら!ほぉら!もえ好みの可愛い店あるよ!名前は…………ナミモリーヌ」
しーーーん。
「えりか…」
「落ち着けよおおおお」
「そろそろ認めよう!?そろそろ認めようよ!!?」
「ふざけんなー!認められるかあー!」
ガックガックと肩を揺らされたえりかは逆にもえの肩を掴んだ。現実主義のえりかは半ギレになりながら否定。
「だ、大丈夫だ!ここはあたし達の街だ!」
「どこら辺が!?よそだよね!?完璧よそ様の街だよね!?」
「ほ、ほら!こういう商店街いっぱいあるじゃん!改造かよもー、チラシ回せよリニューアルオープンって!」
「…えりか」
「今度は、なに!!!?」
もえが前方を指差す。
「ひったくりー!!!!!!!!!」
「はあああ!!?」
多分主婦であろう女性が慌てた声で叫んだ。丁度もえはその現場を目撃したようだ。
「いや!こっちくんな」
「そうじゃない!」
お互い体制を低くしてひったくり犯の前方に立ち塞がる。
「っ、ふざけんなー!!こんな状況が信じられるかー!!!!」
今のストレスと混乱と困惑と焦りを拳に籠める。こっちも、パンク寸前なのだ。…ひったくり犯は無事現行犯逮捕されたが先に病院へ搬送された。なんか、…ごめん。
「よかったですね、鞄返ってきて」
「あなた達のおかげよ!もう、本当に助かったわぁ!お礼がしたいのだけど…!ご飯でもご馳走するわ!」
パワフルなその女性の笑顔は輝いていて眩しい。だが、もえとえりかは乾いた笑いしか返すことができなかった。
「そ…そんな、礼なんて…あたし達も、なんだかひったくり犯に申し訳なかったな、なんて…」
「2人のおかげで無事だったんだもの、食べていって!ね!」
その女性が、沢田奈々さんであったことに、今更ながら気づいてしまったからだ。
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