片翼の在処


「おう上城、いよいよ明日だな関東大会一回戦!!」
「そうだな、頑張れよ倉持」
「はぁ?お前も登板あっかもしんねーんだぞ!油断してねーで本番は肩作ってろよ!!」
「わかったわかった」

久しぶりに倉持と話をした。ここのところ毎日投手陣の練習メニューをこなしていたから野手の倉持と話す余裕はさすがに無かったからだ。明日の関東大会で、一応背番号はもらっているが登板があるかは監督次第。遥華の球を捕れるのは御幸以外に適任はいないのでサインの確認なんかは済ませてある。

「でも、明日登板するのはたぶん降谷だ」
「は?」
「降谷は投手としてはまだだけど、今後確実に青道の主戦になってくれると思う」
「…俺は捕手じゃねーからよくわかんねーけど…明日、お前がマウンドに上がるなら」

倉持はヒャハハと笑って帽子を被り直した。

「そんときは気楽に投げろよ〜後は鉄壁の守備なんだからな」
「ははっ、それもそうだ」

一軍レギュラー全員、信頼おける守備だ。自分が、マウンドに立つことを許されるなら。

「関東大会で登板することができたら…きっと、古鳥も見てくれるよな」


関東大会一回戦。青道(東京)−横浜港北学園(神奈川)
 

「おわっ、青道負けてんじゃん 7回終わって4点差かよ」
「なんせ相手は神奈川の強豪横浜港北学園いくら青道打線でも終盤の4点は厳しいだろ!」
「まぁ…6回までは丹波もいいピッチングしたんだがな」
「7回ついに横学打線につかまったよ、やはり投手力の差が試合の明暗を分けそうだな」
≪8回の表――青道高校投手の交代をお知らせします≫
「おっ…投手交代?」
「けど丹波以外に横学打線抑えられる投手が青道にいるか?」
≪8番 丹波君に代わり――…ピッチャー降谷君、ピッチャー降谷君≫

一方スタンドでは、沢村が降谷の登板に悔しさを滲ませていた。同じ一年とは思えないという春市の言葉はもっともだった。それに、何故。

「なぜ、あの人の登板がないっ!!!?」
「あの人?」
「女顔センパイ!!!絶対登板すると思ってたのに…っ」

あの日の一年対2・3年の練習試合で目にもの魅せられた沢村は密かにスタンドで彼、遥華の登板を待っていたりしていたのだ。当の本人はベンチで肩を作りもせず控えとして座っているままだった。その顔はどことなく…しょんぼり落ち込んでいた。

「たった一球で相手の心を折るボールの威力、これがお前と降谷との違いだよ」

小さな声が背後から掛けられ、振り返ればクリスが佇んでいた。

「言っただろう、この先お前がエースになることはないと」
「ア…アンタだって俺と同じ二軍じゃねーか…2年生にレギュラーとられて悔しくねーのかよ…」

沢村の一度決壊した言葉は止まらず、クリスを睨み上げる。

「練習終わりゃあさっさと帰りやがって一軍に行きたきゃ誰よりも練習するしかねーんじゃねーのか!!アンタ自身がうえに行くことを諦めちまってるだけだろ!!?そんな奴に分かったようなこと言われたくねぇんだよ!」

クリスの暗い瞳は沢村に向けられているのか、違うものに向けられているのか。

「いくら壁が高かろーが、俺は絶対アンタみたいに死んだ目ェした選手にはなりたくねぇ」

ドパァァァン。降谷の力の入ったボールは次々と御幸のミットに吸い込まれていく。6連続三振。彼の名は、きっと赤丸チェックがはいったことだろう。

「うえに行くのを諦めた、か。バカのくせに的だけはついてやがる」

俺のようにはなるなよ、沢村……

沢村が声を発する前にクリスは背を向け、球場を後にした。その背中を見つめていた時、沢村の通路を挟んで右の席から声が掛けられた。

「君も、先輩に食らいつくタイプなんだな」
「!!!?」
「すまない今の聞いていた。青道のクリスさんってことは君も青道の選手なのか?」

帽子で隠れて顔は見えないが、色白で紺色の髪と、形良く上がった口はどちらにしても美形という部類のものにはいるだろう。長い脚を優雅に組んで今でも試合を続行しているグラウンドを見下ろしている。沢村は疑っています。とマッキーで書いてそうな顔でその青年をじっ、と睨んだ。すると青年はその視線に気づいたのかふっと笑って口を開いた。

「なんだよその顔。別にいいんじゃないのか?先輩後輩抜きにしても、言いたいこと言えば。後輩も大変だな、お互い」
「アンタ、誰なんだよ」
「俺?俺は…そうだな、…強制的にもいできた片翼を見に来た他校のお兄さん…かな。見に来たはいいが、どうやら登板はないようだ。」

はぁ?沢村の顔が更に意味がわからないと言うように歪む。すくっと立ち上がったその青年は沢村の肩をポンと軽くたたいて階段を下っていった。沢村の中に残った青年の印象は、

「めっちゃ背高ぇ…なんだアイツ、意味わかんねぇ奴…」

“強制的にもいできた片翼を、見に来た他校のお兄さん”。沢村の頭にその一言が浮かんだ。


翌日、あの試合の後遥華の登板はなかったにせよ、倉持がしつこい程に慰めてくるので憂鬱な気分もふっ飛んでいた頃。目の前で練習に付き合ってくれている御幸を見て遥華はボールを左手に持ったまま佇んだ。

「…?おい、もう投げねーのか?」

無言でグローブを外すとスタスタと御幸の前にやって来るやいなや、しゃがんでいる御幸を見下げる。無駄な迫力だ。

「な、なんだぁ?なんか怒ってんのかよ遥華ちゃん?」

冗談まがいな事を言ってみるが視線と表情は変わることない。これには御幸もさすがにお手上げ状態。

「…なに怒ってんの、はこっちのセリフなんだぞ御幸」
「は…?」
「御幸が怒ってる」
「怒ってねーよ」
「怒ってる」
「怒ってねーってば」
「ミットがいつもより上でやりずらい、気が立っている」
「!!そんな上がってたか?」
「嘘」

そうだった、こんな奴だった。御幸は頭の中で溜め息を吐くと、未だに自分を見下ろす遥華にニッと笑いかけた。

「へいへい、降参だ。確かに気が立ってた」
「…もう今日はこのぐらいにしておこう、眠いから」

こ…こいつ、マイペース過ぎる…またも口には出さなかったが口が引き攣り、ピクピクする。

「捕手であろうとなんだろうと人間だから苛々することある、御幸は頑張ってると思う」
「!?」
「俺の練習、今日も付き合ってくれてありがとな」
「あ、おう」

本当に眠かったのだろう遥華は欠伸を噛み締めながらブルペンを出て行った。途中ガンッ、とぶつかる音がしたがそれが彼の寝ぼけた故の事故でない事を祈る。

「〜〜〜〜はぁ」

事実、最近疲れていたし悩んでいたし苛々もしていた。普通それを指摘し、支えてやるのが捕手の役目であるのにまたもや逆だ。

「……やっぱ、ずっと一緒のバッテリーだっただけあるわ…古鳥」

きっとあのとき憧れたバッテリーは、捕手だけが支えるのではなく。投手も捕手を支えていた、あの2人はそういうバッテリーだった。御幸自身がしようとしていることは、自分だけが投手を支えてやることのみ。自分がなにを言われようが投手を輝かせることが出来るのならなんだってやる。それが彼の絶対のポリシーなのだ。だが、遥華は違う。他と同じ“投手”でも、価値観の違いがある。捕手の自分が投手を見ているように、投手の彼もまた捕手を見ている。そして、労ってくる。そういう投手なのだ、遥華は。

「お前に会ったら、聞きてぇことがいっぱいあんだわ」

聞くのも同じ捕手としてどうかと思うが。どうやって投手の遥華自身の士気をあげた?どうやって信頼し合った?やっぱり、まだ越えられそうにない。その壁は思ったより高いものだった。



「んあ?古鳥?」
「昨日ふと思いついたんすけど純さんやキャプテンなら古鳥の居場所を知らねーかなって」

寮の御幸の部屋に毎度の如く集まるレギュラー達の巣窟。ある日、伊佐敷純にピンチが訪れた。倉持一人で寄ってきて声をかけてきたと思ったら特定の事聞いてきやがって。

「なんでんな事知りたがんだよ」
「むかつくからっす」
「あ゛ぁ?」

いやいやいや。だったら直々にキャプテンに訪ねて下さい。伊佐敷はチラリと結城に視線を向けたが結城はそろ〜りと視線を逸した。おいこらあああああああああああ!!!!!!

「誰にもなにも言わずにここから去ること事態無理だと思ったんすけど」
「アイツにもなにかしら事情あんじゃねーの!?いいからマッサージしろコラァ!!」

顔に合わず嘘が下手くそな伊佐敷はあの勘がとてつもなく鋭い倉持に悟られないようにするので必死だった。結城は少し離れたところでいつもの険しい顔で伊佐敷に向けて親指をグッ、と突出した。哲ぅぅぅぅぅううううううううう!!!!!!

「それに今は御幸がその穴埋めしてんだ、上城ももう吹っ切れただろーが」
「それがそうにもないんすよね〜」
「まだなのかよッ!!!?」
「まだっすねぇあれは…純さんも気づいてるでしょうが…あいつの球の威力」
「…日に日に落ちているな」

将棋の本を読みながら結城は倉持の続きの言葉を口にした。

「あのままでは上城本来の剛球が損なわれることになる」
「チッ、仕方ねーだろーが、あんなクソ重てぇボール…誰が捕るっつーんだよ」

頼みの綱はもうここにはいない。肝心の御幸も今の一年投手陣に手一杯だ。

「…そうっすよね、誰も捕れねぇ球なんすよね」
「それを死なせるか、生かすか…それはやはり持ち主次第だろうな」
「…俺が青柳だったら…きっとあいつを残して転校なんてしなかったっす…」
「…倉持、お前が青柳をどう思ってるかは知らんが…青柳は、なにか考えがあったはずだぞ」
「か、考え?」

結城がその威厳の篭もった眼で倉持を見返す。

「そうでもなければ、あいつは動かない。頑固者だったからな」

そんな空気をまとめて爆破させるように伊佐敷がそういや、と口を開く。

「お前ほんっっと上城好きだなァ、オイ」
「なっ…!!」
「だから御幸にホモって言われるんだよ」

小湊もニコニコ笑って倉持を振り返る。

「あれかい?今流行の身長差カップル?」
「そんなんじゃないですって亮介さん!!!」
「上城は顔面だけ浮いてりゃいいって他の奴等に言わせるまでの女顔だからなぁ」
「その内、頭部が消えてるかもしれないぜ!」

ケラケラ笑う先輩の笑い声にいたたまれなくなった倉持はもう何も言わなかった。 

(上手く誤魔化せた…)

結城は一人盛り上がっている一部を見守りながらグッと心でガッツポーズを決めた。今、この時期に古鳥の転校先が知れることは特に2年の士気に関わってしまうのだ。監督からも箝口令が敷かれた今、それを知っているのは結城と伊佐敷のみ。ただ、倉持と御幸…そして遥華には、絶対に知られてはいけない機密問題だ。それがどこまで持つか…。



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